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NHKtv より
投稿者:
礒部 健
投稿日:2008年 4月29日(火)21時33分1秒
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編集済
NHK総合TV
第322回
人間は尊敬すべきものだ
〜全国水平社・差別との闘い〜
本放送(平成20年4月16日)と再放送(平成20年4月26日)を視た。
「人の世に熱あれ 人間に光りあれ」と謳いあげた「水平社宣言」を
「日本最初の人権宣言」
と解し、今日に及ぶ人権擁護運動の原点とおさえる歴史番組であった。
ただ、本放送での印象、これはマスコミ一般の報道姿勢でもあろうか「事実の列挙」に留まっていて、底には20年程前のパターン(福田雅子解説委員当時)をそのまんまに踏襲し、その間におけるNHK自体の進歩も変革も感ぜられなかった。真に訴えたいモノは?と、疑問を抱いたものであった。
そこで、NHKホームページを確かめてみたところ、そこから番組のコメンテーターであった大阪人権博物館の秋定嘉和館長によって監修を受けられた上でのことであろう、より具体的・適切な解説に接することが出来たのである。真に惜しい思いがつのる。
その「番組概要」によると、
当時の宥和政策に対して真の自由・平等とは何かを問いつめ、普遍的な人権思想を掲げて立ち上がった「水平運動」は、戦争によって無念の中断を余儀なくされはしたが、戦後の「部落解放運動」に引き継がれ、幅広い「人権問題」に取り組む出発点となっている。その原点となった全国水平社結成のときをみつめる。
とある。ならば、「地名総鑑問題」なりとももう少し突っ込めなかったのかと思う。
さらに「番組の内容について」では、項を分けて用語・事例の解説がある。それらの一部、
> えた = 中世・近世における賤民身分の称。江戸時代には皮革業、警察的な役務などに従事。
農村部では農業に従事しながら雑業を行うのが一般。
特権として、斃牛馬処理権を持っていた。(註:下線・改行筆者)
> 当時52万人あまりとされた部落民 = 『明治初期各府藩県人員表』などを基にした。ちなみに日本の総人口は1872(明治5)年で3480万人。(筆者調:1922(大正11)年5739万人 by日本統計年鑑)
> 米騒動での処分者について = 検察まで回された検挙者8185人のうち部落民は887人。全人口の2%以下の部落民が検察による処分者の10%以上を占めている。とりわけ京都、三重、和歌山、岡山では被検挙者の3〜4割以上。死刑宣告された2名もいずれも和歌山県の部落民だった。(『米騒動の研究』(井上清、渡部徹編)より)
以上、視覚を柱とせねばならぬ編集の難しさを考えないでもないが、「そこ」に触れるなれば「ここ」までは押さえて欲しかった、との思いを記してみた。
さらに加えておきたいことの一つに「一将功なりて、万骨枯る」の感が残ることである。かの「解放令反対一揆」のごときも被差別民の立ち上がり有っての抑圧であることを思い、行政をして「治安問題」と捉えさせるほどの活動が各地に澎湃とわき起こっていたことを考えれば、「奈良の三青年」は幸いに時を得たものと私は考えている。
その功を取り立てるなれば、各地に於ける問題・課題解決の柱として「人間の尊重」を、そして「人間としての誇り」を連帯と団結の方向として示したことである。いかがなものであろうか。
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