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イランカラプテ、こんにちは。
先にご案内申しましたNHKTV「神々のうた 大地にふたたび 〜アイヌ少女・知里幸恵の闘い〜」、期待をしてはいましたが、その反響のはやさ、大きさに驚いております。
皆様方のブログからも、かかる訴えを初めて識ったと感動を為された方、私などより高い見識をお持ちの方々等々、多くを学ばせていただきました。(拙「アイヌ神謡集」コーナーへのご訪問も、番組が始まってから今日までの普段の数年分を超えるかと拝します。)
私がこの度初めて知ったことに、知里幸恵さんが初めて東京の町を見て回り、デパートに行き、そこに集まる人たちから「真の豊かさ」を考えられたということです。
この番組の普段の視聴率など私には知る由もありませんが、現在これだけの反響が有ることを幸恵さんが知られたならば、少しは安んじられるのではなかろうかなど、くだらぬことを考えています。
私が「アイヌ神謡集」を識り、幸恵さんに学びながら一番印象に残っているのは、番組の中ででも紹介をされた幸恵さんの言葉です。1922年7月12日、逝去の2ヶ月前の日記の一部です。
「私はアイヌだ。何処までもアイヌだ。何処にシサムのやうなところがある。たとへ、自分でシサムですと口で言い得るにしても、私は依然アイヌではないか。つまらない、そんな口先でばかりシサムになったって何になる。シサムになれば何だ。アイヌだからそれで人間でないという事もない。同じ人ではないか。私はアイヌであったことを喜ぶ。
・・・・・。・・・・・。
おゝ愛する同胞よ。愛するアイヌよ!!! 」
歌人・違星北斗さんも綴っておられます。(1927年7月、同人誌「コタン」掲載)
「吾アイヌ、そこに何の気遅れがあろう。奮起して叫んだこの声の底には先住民族の誇りまで潜んでいるのである。 ・・・・・。・・・・・。
山の名、川の名、村の名を静かに朗詠するときに、そこにはアイヌの声が残った。然り、人間の誇りは消えない。 アイヌは亡びてなるものか、違星北斗はアイヌだ。」
私はいつものことですが、幸恵さんをこのように育てた周囲の人々、その方々(特に和人教師)との交流を考えていますので、いずれ稿を改めて書きたいと思います。
再放送が、10/21(火)16:05〜16:48 にあります。それまでお許しを乞いとうございます。
なお、後になりましたが、番組でコメンテーターを勤められた小野有五さんを代表とし、幸恵さんの姪にあたられる横山むつみさんが中心となって、「知里幸恵記念館("銀の滴記念館")の2010年着工を目指して募金活動を展開なさっておられますので、ご案内かたがたご支援をおねがいもうします。
詳しくは、知里幸恵記念館建設募金委員会ホームページ=http://www.ginnoshizuku.com
知里森舎ホームページ=http://chirishinsya.client.jp/index.html
http://homepage1.nifty.com/kakogawa/wakaru/yukar/index.htm
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