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うのたんさん合評ありがとうございました

 投稿者:o-chan  投稿日:2017年 4月26日(水)22時59分48秒
返信・引用
  私のこの作品は自分ではとても面白いと思っていますが、そのへんはなかなか読者の方々とは共有出来ないようです。うのたんさんもきっと読み通すだけでも苦労なさったのではないでしょうか。向き不向きというか、自分にとって読みやすいのと大変なのとありますよね。読みにくいのが悪い作品ということではないし、勉強になる場合もよくあるけれど、やっぱり読み通すのは大変。本当にご苦労さまでした。もうしばらく続くので申し訳ないですが、どうぞ今後ともよろしくお願いします。  
 

春爛漫の四月(70)(71)(72)

 投稿者:秋 たける  投稿日:2017年 4月26日(水)14時43分41秒
返信・引用 編集済
   写真上 横浜公園の「彼我庭園」に咲くシャガ
 写真中 池の中に置かれた石とうろ
 写真下 池の水面に浮かぶわくらば
     4月22日、撮影。
 

読者投稿文の感想(その9)

 投稿者:吟遊視人  投稿日:2017年 4月26日(水)00時06分57秒
返信・引用
  *「日本会議」について(白石和久さん)
日本会議については私も以前から関心と興味を持っていました。白石さんが書かれているようにアベゾーの言動の拠り所になっていると思っているからです。つまり日本会議の主張や原理原則に寄りかかっているわけです。もっとも、私に言わせればアベゾーというのは思想性とか論理性とかは、まったく欠落している男で、ただ単なる思いこみや思い付きだけの政治屋だと思っています。その理由や根拠は、お隣の「万華鏡」(アベゾーのでたらめさとお粗末さシリーズ、すでに27回までつづけています)や、言の輪同人誌でいやになるほど検証しているところです。

また日本会議については、朝日新聞でも連載していたし、「週刊金曜日」や月刊論壇誌の「世界」でも特集していました。それらを一応読んでいたので、白石さんの解説でもおおよそ理解できました。安倍内閣ではおよそ8割、自民党議員でも半分以上がこの右派組織に属しているということは、なんだか薄気味悪いというか、自民党議員の体質がどんなものか、推察できます。昔の派閥全盛のころの自民党のほうがよほどよかったと思っています。

*「天皇退位のご意向と大岡正平」(伊支馬さん)
おーちゃんが聞いていたペンネームの伊支馬とはどんな意味かということですが、本名が生駒さんなので、多分これをもじったものではないかと思っています。
最近、そういえば平成天皇が「退位のご意向」を述べられていらい、メディアでは百家争鳴というか、いろんな方々の意見や考えを取り上げていますね。
私は、何よりもご本人の意向を尊重して、現皇太子に引き継いでもらえればと思っているものですが、復古主義的発想のアベゾーは、現天皇のある種の平和主義やリベラリズムがあまり気にくわないようですね。
 

『人と混人 第5回亜風呂の巻その1』を読んで

 投稿者:うのたん  投稿日:2017年 4月25日(火)23時11分58秒
返信・引用
  O-chanさん
遅くなりましたが感想を申し述べます。
私の理解力が乏しいためか未来に起こり得ることが今一、理解不足で申し訳ありません。
前号では鈍 重庵はハン ペーターと融合(セックス)、今回は祖母様の亜風呂と合体する。未来に起り得る事なのかと思いながら拝読しました。亜風呂の気持ちを動かしたのは重庵が持って来た菊の花に亜風呂がその気になったのも不思議な状況ではないだろうか。しかし、臓器移植や遺伝子操作など10年前にこの原稿を書いたとすればO-chanさんは正に未来を見据えていたとは凄いと思います・・・。

文中に千夜一夜的に言えば・・・とあるように今後も未来小説の中にも千夜一夜物語のような美しいシーンがあることも楽しみにしています。
今号最後に『重庵は・・・気持ちよさそうに寝息を立て始めた』 次号が楽しみです。

 

読者の合評8

 投稿者:o-chan  投稿日:2017年 4月25日(火)22時32分16秒
返信・引用 編集済
  渡辺さんの韓国の話は本当に他人事ではないですよね。朴大統領の不正に抗議の市民達の多くは若者で、中学、高校生もいたそうです。安保闘争を思わせる運動ですね。そして、私たち市民が力をあわせて平和憲法を守っていかなくてはと思いました。

韓国は今まで2回行きましたが、どこに行ったかあまり覚えていません。本当に行った甲斐がないですね。食い意地だけはってはいますが。もしまた行くことがあれば、西大門刑務所歴史館に必ず寄ってみましょう。日本人の中には韓国のテレビ映画や俳優、歌い手をとても好きな人が多いですよね。私はどういう訳か、昔の「冬のソナタ」も「チャングム」も見たことがありません。たまたまテレビでやっていた韓国のドラマがとにかく延々と泣く場面だったので、うんざりしてしまったのです。

郡さんの座禅の話も、とても面白かったですね。円覚寺は座禅で有名で、友達もしばらく通っていたと言っていました。座禅は昔英語の塾の先生がお坊さんだったので、時々やらせれたけれど、しびれが辛かったですね。でもこれも結構慣れるのですね。謳いを習っていた時、正座してやるけれど、途中からしびれが苦しくてちゃんと謳えなくなっていたけれど、段々平気になりました。親指を時々右左乗せ変えるのも多少効果がありました。でも座禅はそんなことも許されないでしょうね。

瞑想は座禅しなくても出来るし、ヨガの中には瞑想が形の一つになっていることもありますが、郡さんがおっしゃるように、私の場合は、きっと妄想や雑念だらけでしょうね。夏目漱石は「硝子戸の中」を読むと、あれこれ悩む人間のような感じがします。だから座禅をしてみようと思ったんでしょうね。興味本位でやる人も中にはいるでしょうけれど、大体は雑念をはらい、気持ちをすっきりさせたいと思うからじゃないでしょうか。




 

春爛漫の四月(67)(68)(69)

 投稿者:秋 たける  投稿日:2017年 4月25日(火)12時42分14秒
返信・引用 編集済
  4月22日、横浜公園で
 写真上 このじゅうたんの模様は御気に召したでしょうか。
 写真中 お子さんを、このハートのなかに入れて写真を撮るご家族が途切れた合間をねらって
     撮りました。
 写真下 ここではチューリップが立体的に植えられて飾られていました。
 

春爛漫の四月(64)(65)(66)

 投稿者:秋 たける  投稿日:2017年 4月25日(火)11時54分16秒
返信・引用 編集済
  前回、3月6日に横浜公園から日本大通りを通り山下公園まで歩いた時は、今回の、このイベントの
ための花壇造りの工事の真っ最中。早く見に行こうと楽しみにしていましたが、吉野の花見や
通院、悪天候に阻まれようやく22日に、Garden Necklace YOKOHMA 2017を見ることができました。

 写真上  横浜公園に置かれた植木箱型の看板?
 写真中  右の建物は横浜スターディアム。ドラゴンズとの対戦を観ようとベイスターズフアンが
      並んでいました。
 写真下  チューリップのじゅうたんがあちこちに敷き詰められていました。
 

春爛漫の四月(63)

 投稿者:秋 たける  投稿日:2017年 4月24日(月)10時30分42秒
返信・引用
  いたち川の川縁に咲くアケビび花。  

春爛漫の四月(61)(62)

 投稿者:秋 たける  投稿日:2017年 4月24日(月)10時24分54秒
返信・引用 編集済
  去る4月17日、区役所の用事を終えてから、いつものようにブラブラといたち川の川縁を
歩いてバス停へもどりました。

 写真上 虫でも見つけたのでしょうか、男の子が先を行く母親にかまわず、道端にしゃがんで
     いました。
 写真下 葉桜とハナダイコン。
 
 

春爛漫の四月(58)(59)(60)

 投稿者:秋 たける  投稿日:2017年 4月23日(日)22時31分37秒
返信・引用
  吉野山の花見と寺社詣でから帰った翌日・13日に、かかりつけの病院で外来の治療を終えて
から近くの公園を一周しました。


 写真上 頭上に満開の桜、地上に山吹とチューリップ。いい季節です。
 写真中 その隣に咲く石楠花。
 写真下 歩道の上に伸びた、この桜はもう葉桜、葉桜また善し。
 

4月の風物詩

 投稿者:吟遊視人  投稿日:2017年 4月23日(日)21時00分51秒
返信・引用
  眼下に見える海上公園の隅には浄水施設(2階建て)がありますが、その屋上は屋上庭園になっています。
そこでは何百種類の季節の花が植えられています。今はチュウリップの最盛期。そのチュウリップも数十種類あるのですが、そのうちの3つを紹介しましょう。
 

『辛夷(こぶし)』を読んで・・・

 投稿者:旅人ーM  投稿日:2017年 4月22日(土)20時04分42秒
返信・引用 編集済
  15歳になる、甲治にとって・・・果たして

事情があって、10歳で遊廓の下働きの奉公にでた、≪のぶちゃん≫・・・
樋口一葉の『たけくらべ』の≪美登利≫を連想させます。

働きもので、年上の、≪志津≫・・・
伊藤左千夫の『野菊の墓』の≪民子≫を思い起こさせます。

明治初期の若い男女の行く末を思案する、父親の心境のほどが微妙に描かれています。
何んともいえません。いいですね。

タイトルでは≪辛夷≫とありますが、本文では≪こぶし≫とあります。
越後の、まだ奥深い雪の中で、ひっそりと咲いている・・・
15歳の甲治を思う、父・源蔵の気持ち・・・まだ、少し早いだろうか、という心境なのでしょうか。

(追伸)
O-chan の疑問・・・≪伊支馬≫さん・・・?
ひょっとしたら・・・『石間』さんかも・・・
 

春爛漫の四月(55)(56)(57)

 投稿者:秋 たける  投稿日:2017年 4月22日(土)15時18分5秒
返信・引用 編集済
  吉野の花と寺社紀行は、4月11日にお詣りした談山神社を最後といたします。

 談山神社の祭神は藤原鎌足、神仏が分離される前は多武峯妙楽寺と呼ばれていました。
ここもまた桜と紅葉の明所です。

 写真上 国宝の十三重塔、写真中 神廟拝所の吊り灯篭、 写真下 神廟拝所前の桜
 

春爛漫の四月(52)

 投稿者:秋 たける  投稿日:2017年 4月21日(金)14時18分4秒
返信・引用 編集済
  写真上 如意輪寺の境内から蔵王堂方面を望む  

春爛漫の四月(52)(53)(54)

 投稿者:秋 たける  投稿日:2017年 4月21日(金)11時57分18秒
返信・引用 編集済
  去る4月11日、金峯山寺蔵王堂に詣でたあと雨の中を歩いて駐車場にもどり、車で中千本の桜のなかに
建つ如意輪寺に向かいました。宝物殿の宝物や境内の看板などから南北朝時代を思い出しました。ここに
後醍醐天皇が眠る御陵があり、楠木正成の子・正行が後村上天皇に別れを告げて四条畷の戦いに赴いた
ところでした。72年前の夏、敗戦で教科書に墨を塗り、封印したはずの「皇国史観」を宝物をみたり、
境内の看板を眺めている間に徐々に思い出しました。忠臣・楠木正成は「七生報国」とともに刻印されて
いて未だに消えていないのです。
 かゑらじと かねておもえば梓弓 なきかずにいる名をぞとどむる 楠木正行の辞世の歌
 写真下の像の傍に置かれていた石碑に刻まれていた歌・4桜井の決別の二番もまた
 国民学校三、四年のころ教えられてしっかり歌えた。久しぶり思い出し、口ずさんでみました。

 正成(まさしげ)涙を うち払い
わが子正行(まさつら) よび寄せて
 父は兵庫に おもむかん
かなたの浦にて 討死せん
 汝(いまし)はここまで 来つれども
とくとく帰れ ふるさとへ

 写真中 多宝塔。
 写真下 楠木正成、正行の櫻井の別れ。 
 

読者の作品合評7

 投稿者:o-chan  投稿日:2017年 4月20日(木)23時14分50秒
返信・引用
  とにかく謎だらけで面白い!最初は確かにただの地元紹介っぽいけれど、主役の安藤昌益の登場から、読者をぐんぐん引きつけて、それが中途半端に終わっているところがとても残念!これは是非とも続きを書いて欲しいです。と、感想が先になったけれど、皆様も読み進むと、きっと安藤の「自然直営道」なるものの内容について知りたくなりますよ。

平澤さんが50年ほど前から住んでいる足立区千住について、まず自分が経験した変化を、次にそれ以前の名士達について、そして名士達もその発見に一役かった「狂人の書」と言われた101巻の作者の紹介へと続きます。安藤氏についてはやっと10数年前から足立区中央図書で研究が開始され、平澤さんはそこでその書にめぐり合われたようです。

この「自然直営道」という101冊の本は何人もの手を経て東大の図書館に買い取られたのに、その次の年関東大震災で焼失してしまった。ところがたまたま貸し出されていた数冊が無事に発見され、1928年に出版され、また1956年にはカナダ人外交官の手で「忘れられた思想家ー安藤昌益」が発刊された。架空の人物とも言われた彼の生まれ育ちが1974年に発見された後も、彼の研究は今だに続けられているそうです。ただ、その生年月日が明記されず、101冊の本は発見され、発刊された時期はあるけれど、書かれた時期が書かれていないので、いつごろの人が分かりません。

その謎めいた一生もですが、この101冊の書の内容が一体どんな物だったのか、わかっている所だけでも知りたいと思いますが、今回のエッセイでは反ファシズム、反軍国主義らしいという事しかわかりません。次回は是非その内容を教えていただきたいですね。

最後に言い訳ですが、( )のひらがなは、オリジナルでは人や本の名前にふってあったルビが、このフォントだと少し大きすぎて、行間が微妙に空いてしまい、スペースをとるだけでなく、その不揃いを避けるための苦肉の策でした。でも読んでみるとなんとなく幼稚な感じがして残念です。
 

春爛漫の四月(51)

 投稿者:秋 たける  投稿日:2017年 4月20日(木)13時19分37秒
返信・引用 編集済
  写真下  

春爛漫の四月(49)(50)(51)

 投稿者:秋 たける  投稿日:2017年 4月20日(木)12時58分24秒
返信・引用 編集済
  4月11日、吉水神社に詣でてから金峯山寺蔵王堂に向かいました。途中、修験者の恰好をした
人に何人も行きあいました。

 写真上 この日は荒天、スピーカーで護摩供養は取りやめになるとの放送があった。護摩供養に
     使われるはずの杉、ヒバの葉はブルーシート覆われ、境内に積み上げられていました。
 写真中 桜の花のあいだから朱塗りの塔が一つ見えました。思わずシャッターを切りましたが、
     塔の名前は確かめていません。蔵王堂に向かって左手に建っていました。
 写真下 参道の途中で撮りました。雨に煙る桜にまざってモミジが芽吹いていました。
 

合評(その8)読者コーナー

 投稿者:吟遊視人  投稿日:2017年 4月19日(水)21時40分9秒
返信・引用 編集済
  *品川宿に思うこと(阿藤忠さん)
阿藤さんとの最初の出会いは「品川ふれあい塾」でした。その後絵のサークルを作ってから10年以上のおつきあいです。おーちゃんが述べているように社交ダンスのサークルでも精力的に活動されています。
今回の投稿は品川宿についてで、私の住まいの近くのことを多く述べられていますので、あらためてそんなこともあるのだなと、知識や関心も深まりました。
本文にある「品川宿を歩く」というコースは、私も高校の同期会の「アルクハイマー会」で、10年ぐらい前に計画し20人ぐらいの参加者を案内したことがあります。
今後とも品川宿についての再発見があればぜひ教えてほしいと思っています。

*俳句(谷岡享さん)
野の花 集めタンポポ 黄金めく:谷岡さんの住まいは小倉南区、きっとこのような光景が広がっているのが想像できます。
うめ小枝 膨らむ蕾 覗かせて:梅の咲く2月前、寒い季節感から春の到来を待ち望む俳人の気持ちでしょうか。
見上げれば 冬の星空 時無限:永六輔さんの死は惜しまれます。あのひょうひょうとした言動が星空のなかから浮かんでくるようです。
片隅に 生きてうましき 命あらん:「この世界の片隅に」のアニメ映画は観てはいませんが、戦争否定、原爆反対の主旨がはいった映画だと聞いています。谷岡さんも戦争中の命のありかたに感動されたのではと思えます。

*短歌(園田国昭さん)
学生時代からずっと付き合ってきた仲なので、園田さんのうちに秘めた怒りや苦渋、悲しみなどはいくらか分かっているつもりですが、これらの短歌を理解できるほどにはいかないようです。
ただこの歌人は非常に寡黙なところがあり、うちに秘めた情念みたいなものが短歌を詠む契機や素材になっているように思えます。
学生時代は数多くの詩を詩っていました。いわゆる現代詩というもので、吉本隆明や鮎川信夫、長田弘など彼から教わりました。
園田さんの紹介欄にも書きましたが、彼は時間が許す限り沖縄・辺野古基地反対運動にかかわっています。沖縄に関する短歌が多いのもうなづけるものですが、ただ単純に基地移転に反対だからというだけでなく、自らの主体性や自律性にこだわって参画しているのだと思っています。

 

エラさんからcwの5つの言葉

 投稿者:o-chan  投稿日:2017年 4月19日(水)20時21分52秒
返信・引用
  51号のcwについて、エラさんが5つ言葉を選んでくれました。「満潮」「カメムシ」「アリス」「FAKE NEWS」「郵便箱」

人それぞれで面白いですね。「アリス」は人の名前だけれど、その名前で思い出される事柄は人によって違うでしょうね。

また、fake news は日本ではなんというかわからないという注がついていましたが、私にもわかりません。アメリカではトランプがあれこれ言った事を新聞などでとりあげて報道すると、彼は自分はそんな事を言っていない、fake news だといっているそうです。訳すると「嘘の報道」でしょうか。阿部さんはなんと弁明しているかな。

5つ全部使わなくてもよいし、fake news も楽しく使ってもよいし、同人、読者の皆様、是非挑戦してみてください。
 

伊支馬さんの合評

 投稿者:o-chan  投稿日:2017年 4月19日(水)20時00分47秒
返信・引用 編集済
  このペンネームをどのようにお読みしたらよいのか、わからないので、ご友人の北島さん、教えて下さい。

そうそう、ついでに、新風児さんの質問していらっしゃった「辛夷」の読み方は「こぶし」です。こぶしの花を見るたびに、「こぶしの花は天上に」という三好達治の詩を思い出すのですが、どういう訳かそこだけしか覚えていません。

天皇退位と大岡昇平の芸術院会員を辞退した話を関連させたエッセイですが、大岡昇平の「恥をしれ」が昭和天皇に向けられているという加藤典洋の指摘とそれを是とする白井聡については、なるほどと思いました。

昭和天皇が退位をなさらなかったのは、進駐軍の都合だろうというのは、大昔、朝日新聞でマッカーサーが綴った思い出話の中で、天皇がぶるぶる震えながら自分に全部責任があるとおっしゃった、とあるので、そうだっただろうと思います。

ただ、今の天皇の退位についてのご意向を、終戦時の昭和天皇の状況をも考慮に入れて、出されたのではないか、というのは考えてもみませんでした。普通の人間なみに、もう定年退職をしたいと思われたとしても、十分理解できる年齢ですよね。ただ、戦争や戦後も忘れ去られつつある現在、天皇の積極的な平和志向、反戦への意向表明はとてもありがたいと思います。
 

春爛漫の四月(46)(47)(48)

 投稿者:秋 たける  投稿日:2017年 4月19日(水)16時36分41秒
返信・引用 編集済
   吉野山 吉水神社 4月11日 雨風強し
 もとは金峯山寺の格式高い僧坊でしたが、明治の神仏分離によって神社となりました。 源義経が
弁慶らと身を隠したこと、後醍醐天皇の行宮であったこと、豊臣秀吉が花見の本陣とした等の歴史的
逸話で知られています。観光案内のパンフレットから。写真中 ここからの眺めが「一目千本」と呼
ばれています。

 静御前、後醍醐天皇、秀吉のここで読んだとされる歌を載せてみます。読んだときの状況はご存知の
ように三者三様です。

 吉野山峯の白雪踏み分けて入りにし人の跡ぞ恋しき       静御前
 ここにても雲居の桜咲きにけり ただかりそめの宿と思ふに   後醍醐天皇御製
  年月を心にかけし吉野山 花の盛りを今日見つるかな      秀吉
 

桜の流れ

 投稿者:熊本太郎  投稿日:2017年 4月19日(水)08時47分37秒
返信・引用
  吟遊さんが見られた目黒川に浮かぶ桜の塊は素晴らしいですね。我々は「花筏」と言って俳句の季語に入れています。この時期散った桜の花びらは風と波の作用で一ケ所に集まります。
普段は池の端とかでごくまじかに見ますがこんな高いところからそれも川に大きく流れるのは私も初めて見せてもらいました。一度本物を見たいものです。我が家では水路桜が散った時に見るのが唯一の花筏です。
 

目黒川の花筏

 投稿者:秋 たける  投稿日:2017年 4月18日(火)22時50分28秒
返信・引用 編集済
   吟遊さんの目黒川を流れ下る花筏の写真、素敵ですね。東京港も見えて、こんな写真も撮れる新居、
いささかうらやましいです。
 

「日本会議」について。白石和久さんの作品

 投稿者:新風児  投稿日:2017年 4月18日(火)22時39分31秒
返信・引用
  白石さんが書かれた今回の作品「日本会議」についての詳細な情報にはとても感心し、興味を持って読ませていただきました。

日本会議の思想は、ご指摘の通りとても危険な思想で、戦後ここに来るまで一生懸命築きあげた戦後民主主義を根底から否定するもので、明治憲法に逆戻りさせようとする思想です。その名誉会員には安倍首相、その他自民党のほとんどが名前を連ねていて、会員でなければ自民党員では無いと思われるほどの勢力を持っています。正に国家の中に小国家を作るような恐ろしいカルト集団です。

書き方も分かりやすく、すらすら読め、理解しやすい言葉で書かれてあり、とても読み応えのある作品に仕上がっています。

もう知らなかったでは済まされない、とても危険な状況であることを国民すべてが知るべきでしょう。


 

Aprilを撮る-6

 投稿者:うのたん  投稿日:2017年 4月18日(火)21時45分32秒
返信・引用
  o-chanさん 皆さん
私事で暫く掲示板を休みましたが一連の資料作成、総会、習志野市の補助金審査会などなど終わりましたので遅まきながら少しづつ合評等投稿したいと思います。申し訳ありませんでした。

秋さんの五重塔の写真、熊本さんの高校生による初々しい『牛深ハイヤ節』の写真、北島さんの見下ろす目黒川の写真など春本番ですね。
以前、NHKのブラタモリで天草のことがあっていましたが熊本さの小説にもありましたが牛深港で出航を待つ船乗り達を牛深ハイヤ節などでもてなしたともいっていました。この牛深ハイヤ節が北上し秋田ハイヤ節や津軽アイヤ節などになって行ったのではないかとも言われているそうです。賑やかで良いですね・・・。
写真:もう一枚だけ新宿御苑の桜を見てください。凛と咲く桜
 

4月を撮る(その2)

 投稿者:吟遊視人  投稿日:2017年 4月18日(火)11時58分59秒
返信・引用 編集済
  熊本さんの「ハイヤー祭り」、面白そうですね。天草には、昔何度もいったことがあります。親友が天草の牛深に実家があったし、三角港に勤務していたので。けれど、このような特徴ある催しはみたこともありません。

ところで昨夜から今朝までの強風で桜の花はほとんど散ってしまいましたね。3日前の週末はまだまだ見ごろでしたが。
先に目黒川沿いには多くの桜並木があり、観光船まででていることお伝えしましたが、その桜が目黒川に散って、一種の塊になって、運河へ流れている光景を目にしました。
私の部屋から撮ったものです。最初はあの白いものは何だろうと思ったものです。
 

~薩摩藩家老 小松帯刀~を読んで

 投稿者:うのたん  投稿日:2017年 4月17日(月)21時54分50秒
返信・引用
  新風児さんと亮子さんの感想しか述べていませんでした。遅くなりましたが簡単ではありますが感想を述べます。
田之頭さん
『西郷隆盛、大久保利通、坂本龍馬、徳川慶喜。尊王・佐幕を超えて「小松なくば何もできぬ」。朝幕間で最も重要な人・・・と言わしめた幕末最大の英傑。身分、国籍を超えて慕われた人柄・・・』冒頭から錚々たる人物、誰一人とっても明治を駆け抜け命をかけて活躍した人ばかりだと思います。
昔から活躍した偉人には良き参謀がいると言われるように小松帯刀もその一人だと思います。
明治維新の頃は国の為、藩のため命を張って活躍した人が多かったようですが反面、今の政治家はどうでしょう。全てではないにしても私が勝手に思うのですが『ただ、選挙の票だけを目的に活動しているような気がしてならない』口先では『国土、領海、領空及び国民の生命財産を守る』とは言っているが果たして本当にそう思って働いている政治家が何人いるだろうか? それに日本はあまりも平和ボケしているような気がしてならない。
 

天草の春

 投稿者:熊本太郎  投稿日:2017年 4月17日(月)21時49分43秒
返信・引用
  九州天草の春はハイヤ祭一色です。前日の雨も上がり暑い陽射しの中で参加団体の総踊りで盛り上がっていました。 先頭を切るのは地元高校生の郷土芸能部の乙女たちでした。 帰路私の里ではかかし祭が開かれておりたくさんのかかしがハイヤ踊りを見事に舞っていました。  

春爛漫の四月(43)(44)(45)

 投稿者:秋 たける  投稿日:2017年 4月17日(月)21時45分1秒
返信・引用 編集済
  4月10日参詣 室生寺 (2)
写真上 室生寺の五重塔、いつだったか台風で損傷を受けたことがあったが、元通りにきれいに
     修復されていた。
写真中 五重の塔の横から本堂を眺める。
写真下 吉野には吉野杉とよばれるように杉の産地とし有名だが、この杉の大木の樹齢は何年
     だろうか。
 

熊本太郎さんから

 投稿者:吟遊視人  投稿日:2017年 4月17日(月)21時39分7秒
返信・引用
  秋さんが紹介していた室生寺、私もずいぶんと昔に見学したことがあります。
当たり前のことですが、いつの時代でも古都の面影を漂わせていますね。
下記の写真は熊本さんから送られてきた彼の家の庭に咲いたマンサクとモクレンです。
 

春爛漫の四月(40)(41)(42)

 投稿者:秋 たける  投稿日:2017年 4月17日(月)17時50分11秒
返信・引用 編集済
  大和国宇陀市 室生寺参詣 4月10日
女人高野とも呼び親しまれ、石楠花など四季折々の自然に包まれる山岳寺院。金堂には木造・釈迦如来立
像、十一面観音菩薩(ともに国宝)など美しい御仏が一堂に安置され、普段入れない金堂外陣から間近に拝観
できます。3/11~4/16.「巡る奈良 1917年3月9月 春秋版」から

 写真上 この朱塗りの橋を渡れば室生寺に。
 写真中 山門の朱色がまた際立っている。
 写真下 椿の花が散り、池に沈んでいた。
 

読者の合評5

 投稿者:o-chan  投稿日:2017年 4月16日(日)23時42分5秒
返信・引用
  白石さんはとてもわかりやすく「日本会議」なるものの正体と、阿部さんの、とてもアホとは思えない、様々な嘘やごまかしの裏にある真の目的、また宗教(皇国史観もその一つ)の持つ恐ろしさ、独裁政権への「草の根」的な動きなど、説明してくださり、私の様な政治音痴でも容易に理解でき、恐ろしくなりました。私たちの無知、または無関心のせいで、どんな絶望的な未来が待っているか、それを防ぐために何をしたらよいか、については、私たち一人一人の問題で、「人が変われば世界が変わるというところに展望を見出す以外ないように思われます」と書いていらっしゃるけれど、「一人一人が変わるというのは簡単なことではありません」ともあり、悲観的のような感じがしました。

そして、最後の「私たちは自分のいる場所で勇気をもって、自分が本当と思うことを語ることが政治的実践の一つなのだろうと思います」という言葉に励まされ、私も自分のいる場所で、つたない言葉であっても思うことを語ろうと思いました。そういう意味で、とても私にとって収穫の多い作品で、嬉しかったです。
 

Aprilを撮る-5

 投稿者:うのたん  投稿日:2017年 4月16日(日)17時16分24秒
返信・引用
  新風児さん、新宿御苑の蒼々と繁るプラタナスの写真拝見しました。夏になるとこのように葉が生い繁るのですね~、また行ってみたくなりました・・・。

秋さん、素晴らしい大阪城や石垣、桜の写真など拝見しました。立派なお城や石垣、お堀を見ると数百年前、クレーンも重機もない時代にどのようにして造り上げ、完成させたのでしょうね、相当の人と木材、石に日数を費やしたものと思われます。姫路城、名古屋城、そして復興を待つ熊本城など建築した当時の人々は『偉い』と思います。

また、新宿御苑で撮った写真をご覧ください。
写真上:ドコモビルと桜
写真中:柳と桜
写真下:桜と飛行機雲(当日は空の青さと飛行機雲が目につきました)
 

春爛漫の四月(37)(38)(39)

 投稿者:秋 たける  投稿日:2017年 4月16日(日)15時54分40秒
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  長谷寺参詣(2)  

春爛漫の四月(34)(35)(36)

 投稿者:秋 たける  投稿日:2017年 4月16日(日)15時30分49秒
返信・引用 編集済
  4月10日曇り空 大和の国桜井 長谷寺に初めて参詣
 長谷寺(はせでら)は、奈良県桜井市初瀬にある真言宗豊山派総本山の寺。山号を豊山神楽院と称する。
開基は僧の道明とされる。西国三十三か所観音霊場の第八番札所であり、日本でも有数の観音霊場とし
て知られる。寺紋は輪違い門。ウェキペディアから。
 写真上 大阪府を縦断し門前に到着、写真中 登廊は重要文化財 
 

春爛漫の四月(34)(35)(36)

 投稿者:秋 たける  投稿日:2017年 4月15日(土)11時06分38秒
返信・引用 編集済
  大阪城公園の花見 (2) 4月9日撮影
 

春爛漫の四月(31)(32)(33)

 投稿者:秋 たける  投稿日:2017年 4月15日(土)10時05分30秒
返信・引用 編集済
   品川の桜、新宿御苑の桜にプラタナスの青葉が加わり、われらが掲示板は花盛りです。私ごと
ですが、4月9日、新幹線の「のぞみ」が名古屋に入る正午過ぎ、西の空が少し明るくなり
ました。新大阪に13時33分に着き、出迎えてくれた弟に思いつきで、大阪城公園に連れて行って
くれるように頼みました。これまで何度大阪を訪ねたかわからないけれど、大阪城はいつも
遠くから眺めるばかり、生まれて初めて公園野なかに入りました。当日は日曜日ということも
あってここも人、ひとの波でしたが、最高の浪速の花見でした。
 

新宿御苑のプラタナス並木

 投稿者:新風児  投稿日:2017年 4月14日(金)22時03分32秒
返信・引用 編集済
  うのたんさんの写真にあるプラタナス並木には去年の夏に行きました。鬱蒼と茂るプラタナス並木は圧巻でした。
御苑にはフランス庭園やイギリス庭園が並んでありましたね。初めて行った時はヨーロッパの面影があって、驚きました。
 

Aprilを撮る-4

 投稿者:うのたん  投稿日:2017年 4月14日(金)21時12分35秒
返信・引用
  北島さん、有難うございます。
目黒のマンション立派ですね!30階以上でしょうか?奇麗になった目黒川と桜を見下ろして素晴らしいですね。流石は大都会品川、いろいろなイベントや屋台が出るのですね~。私のように古い人間は目黒と言えば古典落語の
『さんまは目黒に限る』が思い浮かびます。

お陰さまで明日の定時総会の資料も17日審査会の資料も出来ました。その後は簡単でも合評をして行きます。

4月5日に行った新宿御苑の写真を投稿します。
写真上:花は奇麗ですが名前が分かりません。秋さん、後日教えてください。
写真中:プラタナス?の樹々
写真下:池に写るドコモビル
 

4月を撮る

 投稿者:吟遊視人  投稿日:2017年 4月13日(木)18時54分55秒
返信・引用 編集済
  秋さん、うのたんさんに呼応して私が最近撮った4月の風物です。
先週の土曜、日曜はあいにくの天候でしたが、いつも桜の季節に、今の私の住まいの眼下には運河を取り囲んだ海上公園があって、ここで「運河祭り」が催されます。
丁度目黒川が注いでいることもあり、目黒川に沿って桜が綺麗なので、目黒駅あたりからこの川の遊覧船も出ています。
運河祭りには多くの屋台店が並び、特設舞台には品川区内の色々な演芸サークルやスポーツ同好会の発表会もあります。

写真は上から屋台の店の一部、バックに見えるタワーマンションの一室が私の新しい部屋です。近くにお越しの節はぜひお寄りください。

続いての写真は、幼児、小学生グループの「空手」の段発表会(?)です。あいにくの雨でしたが、父兄の見学者も多く活況でした。
 

吟遊視人さんへ

 投稿者:ひまじん  投稿日:2017年 4月13日(木)18時04分18秒
返信・引用 編集済
  合評していただきありがとうございます。

つむじ君が亡くなったとお聞きした時、とてもショックでした。ほぼ同じくらいの年でしたので、
またゆう吉はいろいろと病気があったこともあり、あとどれくらいだろうなどと考えました。

それから3ヶ月後のことでした。

今でも時々ゆう吉の声が聞こえたような気がすることがあります。
 

読者作品合評4

 投稿者:o-chan  投稿日:2017年 4月12日(水)23時23分53秒
返信・引用 編集済
  阿藤さんは北島さんと一緒に10年以上前に絵を始められたと聞いています。そして私が知っている限りでは、女性のヌード以外は描いていらっしゃる姿を見かけた事はありません。今は別の会でクロッキーで描いてヌードを丁寧にデッサンしていらっしゃるようです。定年後は品川シルバー大学を中心にいろいろ学ばれたようですが、その話はあまり聞いていません。ただ、社交ダンスはほとんど毎日のようになさっているそうです。
30年住んでいらっしゃる品川に強い愛着を持ち、今昔を知りたい、地域の活性化に貢献したい、という気持ちが強く、積極的に取り組み、実践なさっている事は知りませんでした。素晴らしいなあと感心しています。そしていつものように、我が身の怠惰さを引き比べ、どうしようもないなあ、と慨嘆しています。

谷岡さんと園田さんは読者も歓迎しているcwコーナーの常連さんです。いつもありがとうございます。永六輔を悼んでの 「見上ぐれば 冬の星空 時無限」は「見上げてご覧 夜の星を」を詠った句ですね。私の入っているシルバーコーラスでもよく歌います。

園田さんの和歌はいつもは難しすぎてよくわからず、感想さえ言えない事が多かったのですが、今回はどれもとてもわかりやすく、共鳴できました。特に最初のいくつかは昭和初期を思わせる句で、これもたまたまの奇縁ですが、一昨日テレビで新藤兼人脚本監督の「濹東綺譚」を見ましたが、永井荷風と玉の井の娼婦達を描く中で、巷の様子がこの句のようです。映画も園田さんの句も、とても素晴らしいと思いました。
 

合評―その7―

 投稿者:吟遊視人  投稿日:2017年 4月12日(水)22時57分6秒
返信・引用 編集済
  *「櫻井先生との出会い」(山崎正子さん)
櫻井さんの個展を見学して、彼の絵に魅せられ習うことになった動機や経過を述べられています。他の絵画教室に通っていながら、櫻井さんの絵画を更に習得したいという熱意は大変なものですね。よほど櫻井さんの絵が好きになったということでしょうか。確かに櫻井さんの絵は透明感ただよう素晴らしい水彩画です。同じ絵を描く同好会「お~い絵の会」に属する一人として羨ましくもあり、誇りでもあります。
一時は二人になってこの絵の同好会の存続さえ危ぶまれた時に、櫻井さん、おーちゃん(田村さん)が入会してくれ、その後山崎さんや、今回投稿してもらった岩田さん、藤森さんという素敵な女性たちも会員になってくれて喜ばしい限りです。

*「今、私は幸せ」(岩田隆子さん)
月に2回の例会では、絵を描くことに集中するので、あまりプライベートな話をすることはありません。午後3時前後のお茶の時間にちょっぴりおしゃべりすることはありますが、もっぱら「アベゾーの悪口」みたいなことばかり。今回の岩田さんの投稿で、ご主人が亡くなられていること、それも絵の好きなご主人だったことなど知りました。
岩田さん自身が絵を描くようになった動機や理由は記されてはいませんが、多分ご主人が好きだった絵(多摩美大を出られているのでプロ級の腕前だったのでしょう)に感化され自分の絵の才能を再発見されたことでしょう。
私たちの絵の同好会の雰囲気や関係にも好意的に書かれていただいてありがたく思っています。また文章のなかからご主人とのさりげないしなやかな愛情を感じることができます。

*「心の故郷への忘れられない空の旅」(藤森敏子さん)
藤森さんがベルギーに住んでいたということは知っていました。今回の投稿は、35年前に夫のあとを追って小さな子たち二人と一緒にベルギーへ赴いた時の状況を記されています。35年前とは思えないほどリアルで事細かな記述は、なんだか昨日に起こったことを聞くような感じを受けるものです。
それだけ筆者の書き方が臨場感そのものだということ、思い出だけでは済まされないくらい苦労と不安だらけのベルギー行だったことを物語っています。幼子を抱えての長時間の機内、給油のためのアンカレッジでの待ち時間、英国、ヒースロー空港で乗り換えるための行為、期待していた夫と会えなかったことなど、どの場面も苦労の連続でしたね。
そういえば私も81年にニューヨークに赴任するときは直行便がなくてアンカレッジで給油のために寄港したこと覚えています。2月でカナダは初めてだったので、外は全くの雪の世界だったことぐらいですが、覚えているのは。
今回の藤森さんの思い出寄稿文、中身も濃ゆいものですが、出だしと最後の文章もいいですね。この最初の描写と最後の息子さんの登場が、なんだかドラマテックであり、このエッセイ全体にインパクトを与えています。できれば同人に入りませんか。

 

武藤さんの前書きをブログに

 投稿者:o-chan  投稿日:2017年 4月12日(水)22時34分47秒
返信・引用
  51号の前書きが送られてきました。

ここに掲載しますが、製本されるまではブログに入れておくので、ご覧ください。

『言の輪・第51号』・・・『前書き』  武藤 泰文

言の輪・第51号の、”前置き”の言葉・≪謎≫が誕生した裏話を書くことにしよう。

『言の輪』への投稿が途切れてはいけないと思って、図書館に、その題材・テーマを捜すべく、通い続ける日常です。
自宅での、『読売新聞・編集手帳コラム』、と共に、図書館での、『朝日新聞・天声人語コラム』を、転写することを、『捜し・学び』だと思っての、『お百度参り』です。

(・・・欲しい時に、見つからないのが・『捜し物』という、諺通りです・・・)

目先を変えて、児童図書室に足を伸ばます。お目当ては、児童学習図鑑です。
図鑑は50巻セットになっていて、学習区分別にそれぞれの専門の人たちが、子どもたちが興味をもち、あるいは研究しやすいように、イラストや写真があって、解説文が語られている、というものです。
内容としては
1.宇宙・天体・地球・自然界・・・
2.生物・植物・動物・人類・進化・生命・・・
3.歴史・社会・文化・国家・政治・経済・・・
4.科学・化学・学術・生活・行動・感性・・・
・・・等々、いろいろ多岐(たき)に亘っています。

・46億年前に地球が誕生し、自転しながら、太陽のまわりを回り続けているという
 (本当だろうか・・・ある日突然、止まってしまわないか?)
・その地球上に、植物・生物という形の生命体が誕生し、子孫を残そうと進化を繰り返し
 てきているという
 (最初に誕生したのはどこでどんなふうに・・・? にわとり? たまご?)
・その中の人類も、より豊かな環境を求めて独自の生態圏を求めて、適応・進化・努力し
 ているという
 (一体、どこまで進化・変革は進んでいくのか・・・?)
・その努力の過程の中で、いろいろな『謎』の発見と活用、開発の努力をしてきたという

『あらゆる物体が地球の中心に引きずられているのに、飛行機は何故空中へ上がるのか?』
『バラが赤く見えるのは、その花が、『赤色』を反射しているのであって?』
『物体が見えるのは、水晶体を通して網膜に物体を逆さまに映していて?』

丁度そんなとき、言の輪・第51号の『前置きの言葉』を考えて欲しい・・・との連絡がありました・・・迷わず・・・『謎』・・・という言葉が浮かびました。

皆さん、夫々(それぞれ)、理解している中でも、『謎めいたこと』・・・ありませんか?
 

「胃潰瘍」沼南ボーイさんの作品

 投稿者:新風児  投稿日:2017年 4月11日(火)22時40分52秒
返信・引用 編集済
  この作品は作者が小学6年生の時に書いた作品だそうですが、確かに子供が書いた文章であることは明らかですが、だからそこに光るものを感じます。実にリアルに作文として残されていた事にとても驚きました。誰でも小学校6年生の時があったのですが、才能というのは早い時期に出てくる物だということを改めて感じました。

まず、胃潰瘍というのは大人の病気だとばかり思っていましたので、子供の胃潰瘍もあることを、この作品で初めて知りました。暴飲暴食と言っても、誰でもそのような食べ盛りの時期はあったように記憶しています。いくら食べてもまだお腹が空いているみたいなものですね。それでも胃潰瘍になる人とならない人の分かれ目は、何なのでしょうね。体質的なものもあるんでしょう。胃潰瘍は大人が暴飲暴食、大酒飲み、生活習慣的なことから起きることだと思っていました。小学6年生が酒を飲むわけでもないので、とても稀なことなのでしょう。病気の原因はさておき、この作品は実に純真な小学生の作者が、自分の体と、治療する医者、一生懸命助けようとする母親の気持ちが手に取るように伝わりました。特に、リンゲルを打たれる時の記述には痛みさえ感じるほどでした。
子供心に見た事、感じたことがそのまま書かれてあり、真実のパワーを感じました。

もうひとつ驚いたのは、小学6年生の時の作品を今でも残されていたことです。私なんか何ひとつ物として残っているものは?、、、、多分ボロボロになっているアルバム一つだけです。その貴重な体験談を、ここに発表されたことに、読者の一人としてお礼を申します。ありがとうございました。
 

合評ーその6-

 投稿者:吟遊視人  投稿日:2017年 4月11日(火)21時22分34秒
返信・引用
  読者の方の投稿文への感想です。

初めは読者ではありませんが、同人の中尾さんの特別寄稿文です。

*言の輪50号に寄せて「書くこと」
簡潔な文章の中に幼少時からの性格や半生が綴られていますが、気負いのない書き方で、素直に理解できる文章ですね。このような無理のない書き方が、何度か発表されている中尾さんの創作に生きているようです。
最後に書かれている「我々は『言の輪』に文章を書くことで自分を表現し生きていく」。
私もこんな感じで今まで書いてきましたので、とてもうれしく思えました。

*沼南ボーイさんの「胃かいよう」
今年の2月末、「万華鏡」に50号記念号発行の「お知らせ」のニュースを載せましたが、そのときに今回の記念号には小学生の凄い作文が載っているよ、と書いたものです。当時製本作業を終え、なんとなくパラパラめくっていて、この投稿が目につき、その時にいっきに読んだのですが、小学生6年の文章とはとても思えない作文だと感心しました。
胃潰瘍になった痛みや周りの方たちの様子を小学生らしく感じたままを素直で誠実に書かれています。なによりも饒舌に大人びたような書き方がないのがいい。「全国綴り方コンクール」で入選されたこと、十分にうなづけるものです。このような思い出の作文が「残っている」とは、まさにタイトルにある「残す」の意味を再度輝かすことにもなりますね。

*ゆう吉の想い出(ひまじんさん)
勇吉くんが亡くなった経過や前後の模様を述べられています。亡くなった1月初旬のころのひまじんさんの心情も理解できます。淡々とした書き方ではあるけれど、逆にその悲しみや嘆きは深かったのではと察します。
私も昨年9月、17年10か月生存した愛犬「つむじ」を亡くしました。勇吉くんとは違って、亡くなる前日から動きが鈍くなり、そして目は開いていても動きができなくて、最後は女房の腕のなかで、す~っと目をつぶり、心臓が止まってしまいました。どこといって痛がる様子もなく、老衰だったのでしょう。
けれど、勇吉くんは色々な病気を抱えて大変だったようですね。
最後の詩がひまじんさんの心情をいたく表現されていると思えます。

 

読者作品の合評3

 投稿者:o-chan  投稿日:2017年 4月10日(月)23時47分27秒
返信・引用 編集済
  山崎さんは櫻井先生の作品に一目惚れなさって、何とか教えてもらいたいと願っていらっしゃったのが、いろいろなご縁で、無事かなって楽しく修行していらっしゃいます。先生が丁寧に指導していらっしゃる横で、私は勝手気ままに好き勝手な絵を描いていますが、こんな風だと皆様とは大違い、上達はおぼつきませんね。

藤森さんはこれもご縁で、櫻井さんと同じベルギーにご主人が、今は息子さんが駐在していらっしゃるようですね。幼児を2人連れての飛行機、24時間もかかったそうで、昔私達が佐賀から上京するのに急行だとそのくらいかかってたのを思い出しました。
それにしても、藤森さんの筆力にはすっかり感心しました。ライティングという講座(要するに作文の書き方)を受けた時、時系列、ピラミッド型、逆ピラミッド型、その他、いろいろやり方の中で、よく使われるのは起承転結型だけれど、この作品はそれが見事にバランスよく、また意図的に、使われています。27年ぶりのベルギーへの飛行機の中、という導入から、27年前の初めての渡航の様子を描いた「承」、「転」として当時のベルギーでの生活、「結」としてベルギーという国の特徴、文化、プラス、最後の2行で27年ぶりの旅行が息子さんに会うためであった事が明かされます。感無量、という気持ちがとてもよく顕れています。これからも書き続けて欲しいと思います。
 

「辛 夷  」筒井邦子さんの作品

 投稿者:櫻井利英  投稿日:2017年 4月10日(月)23時06分6秒
返信・引用
  筒井さんのこの作品ですが、恥ずかしながら、なんと読むのか分かりません。読み方がわからないとローマ字入力ができないので、作品集からコピペタしてかろうじて合評をしています。何かの機会に教えておいてください。

この作品は正直のところ時代劇を見ているようで、あまりスラスラと頭の中に入ってきません。読んでいるときはなんの事なのかは分かっていても、先に進むと前のことを片っ端から忘れてしまい、結局どんな話だったか良くわからないのです。多分に、私の語学力のせいだと思います。テレビや映画で、時代劇は全く観ません。その辺が、海外生活が長かった私の後遺症のように思えます。

そうは言っても、筒井さんは良くこのような時代劇の物語が書けるなあと、とても感心してしまいます。それというのも、このようなものを書くには、その時代の人がどのような言葉を喋り、どのような生活をしていたかを知らないと、とても書けるものではないと思うからです。多分時代劇を沢山ご覧になって、その時代の雰囲気が自然に思い浮かべられるからだと思います。
私には逆立ちしてもこのような物語は書けません。実にすごいことだと感心しました。

 

田村さんへ

 投稿者:沼南ボーイ  投稿日:2017年 4月10日(月)14時57分18秒
返信・引用
  過分なお言葉ありがとうございます。暴飲暴食はミルクがのめず家に帰り梅干しでかきこんでいたものです。では又。  

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