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晩秋十一月(55)(56)(57)

 投稿者:秋 たける  投稿日:2017年11月21日(火)22時35分12秒
返信・引用 編集済
  O-chanのパステル画、実にいいですね。黄葉も猫ちゃんも質感がよくでています。これからも
どんどん載せてください。

 今日も横浜の日本大通りのイチョウ並木の黄葉を載せます。11月17日に撮りました。
写真上 裁判所と検察庁、 写真中 神奈川県庁、 写真下 日銀の横浜支店前で。
 
 

o-chanさん

 投稿者:うのたん  投稿日:2017年11月21日(火)16時27分33秒
返信・引用
  パステル画を拝見しました。私は未だ、パステル画を描いた事はありませんが細かい描写も出来るのですね~、下の絵の猫ちゃんの目、鼻、口元の表現が実に上手く描けていると思います。今後も作品を投稿し見せてください。
 

秋たけるさん 亮子OTTIGNON さんへ

 投稿者:うのたん  投稿日:2017年11月21日(火)16時16分58秒
返信・引用
  旅行の写真を見ていただきその上、コメント迄有難うございます。
犬吠埼から眺めた太平洋の水平線、今回で4回目ですがいつ眺めても胸がスーとします。歌の文句ではありませんが『・・・行って見たいなよその国・・・』そんな気持ちになります。
また、ヤマサ醤油工場を見学しましたが昔はあの大きな樽も使っていたようです。この樽の中に参加者21名が入り集合写真を撮りました。投稿したいのですがプライバシーの事も有り差し控えたいと思います。
もう80歳になりましたがまだ、皆さんと一緒にバス旅行が出来る等、体が動く事に喜びを感じています。
特別な健康方法などやっていませんが毎日の食事とお酒がおいしいのが一番の健康と思っています。
 

名画鑑賞・・・???

 投稿者:旅人=M  投稿日:2017年11月21日(火)12時44分9秒
返信・引用
  O-Chan パステル、風景画・・・評

セザンヌ風、紅葉の風景画・・・

違いますね!
『猫はいったい、何匹、隠れているでしょう・・・???』

若いころ、そんな名画を見た記憶があります。
 

維新の声合評御礼

 投稿者:熊本太郎  投稿日:2017年11月21日(火)08時13分43秒
返信・引用
  o-chanさん 維新の声読んで頂きありがとうございました。 ご質問の答えになるかどかわかりませんが 下級武士の軍資金問題はあくまでも推察ですが、年貢として納めていた米や雑穀などの中から少しごまかしていたり、自分より上の人にたかる(要求したり)など今も残っている上乗せしての請求などしていたんじゃないかと思っています。(あくまでも私個人の推察です)
ーーねえ!。とか言葉は否定語として使用してみました。 また地理的な問題はそう広くない熊本の周辺部のごく一部でありますので、古い地図など手に入ったら公開させて頂きます。
 

先週描いた紅葉と猫ちゃん

 投稿者:o-chan  投稿日:2017年11月20日(月)22時23分22秒
返信・引用
  櫻井さんが帰国なさったので、私も久しぶりにお絵描きに行き、パステル画を2枚描きました。我ながらよく描けていると思ったので、載せますね。そこらへんが能天気だと思いますが、どうせ下手で当たり前と思うから、皆様に見せられるんでしょうね。実物より写真にした方がましに見えます。
 

晩秋十一月(52)(53)(54)

 投稿者:秋 たける  投稿日:2017年11月20日(月)13時30分34秒
返信・引用 編集済
  亮子さん、ケヤキ紅葉を見ていただき、ありがとうございました。ニューヨークで珍しくケヤキを見つけ、
現地の社員に英語名を尋ねたら、Zelkovaだと教えてくれました。それ以来、この英語は憶えています。
彼はイチョウはginkgoだということも知っていました。こちらは銀杏をイチョウと読まず、その実の
ギンナンから採った音を受け継いでいるのでしょう。ニューヨークの五番街にもイチョウが植えられて
います。もうずいぶん大きくなっていることでしょう。

 写真上・中 日本大通りのイチョウ並木
 写真下   横通りのプラタナス。
 

晩秋の欅、うのたんさんの旅行写真

 投稿者:亮子OTTIGNON  投稿日:2017年11月19日(日)18時51分47秒
返信・引用 編集済
  このところ 秋さんからの投稿には 晩秋の欅の写真が載っていますが 欅の木は 1000年以上のものもあるとか、それでいて公害に強いのか、よく街路樹としても見られるようですね。

今頃は紅葉が始まり そのはじめごろの色合いもとても素敵だと、多いに楽しん写真を拝見しています。また今日投稿された 横浜公園の写真 水に映る欅の姿 なんとも風情があって 日本画の絵を見ているようです。真冬の裸木になった 欅もまるで箒をさかさまにしてような 枝振りで天に向かって伸び伸びと伸びている姿も良いので
その時期になりその機会があったら 又それを撮って 投稿してください。

ちなみに木材としては

木目が美しく、磨くと著しい光沢を生じる。堅くて摩耗に強いので、家具・建具等の指物に使われる。日本家屋の建築用材としても古くから多用され、神社仏閣などにも用いられるそうです。

またうのたんさんも 秋の日帰り旅行を楽しんでいられるようで まだ元気でいられるからできること いつも秋の味覚等の写真や 旅行の写真 自分は行かれなくとも ガイド付きで行っているみたいな気になって こちらも楽しんで拝見しています。それに醤油樽を真っ向から撮った写真はなんとなくユーモアがあるような そしてとてもモダンな グラフィックのような面白い写真。写真が入ると 掲示板が ぱっと明るくなるような気がします。
 

熊本さんの合評

 投稿者:o-chan  投稿日:2017年11月19日(日)16時50分11秒
返信・引用 編集済
  大分遅れましたが、熊本さんの合評です。

タイトルが「維新の声」(追跡)とあるのは、維新という大きな動きの中で廃藩後の下級武士の生き様、盗んだお金を軍資金にして一揆を起こそうという機運と、犯罪者として彼らを追う公僕達の追跡を通して、混乱と混沌の片鱗を見せようという試みでしょうか。一揆はあっても革命として成功する程の民衆の普遍的な結束がなかったのは、階級制度はあってもそれなりに持ちつ持たれつであった日本人の特徴かもしれませんね。今でもその傾向はあるような気がしますが。

亮子さんが指摘した様に、私も熊本さんの生き生きとした、まるで映画を見ている様な、情景と人の動き、表情の描写に感心しました。これは毎回、特に出だしが素晴らしいですね。まず自然の情景が目に浮かぶ、そこから始まる、心にくい筆さばきです。次に人間が登場します。巡査、岡っ引き、地元の住民、それぞれの特徴が現れた会話があり、動きがあります。やがて主人公の一人である加賀屋の登場で、当時の下級武士達の境遇が述べられ、仲間を募り、強盗に入ってまで軍資金を集める心境が訴えられます。

最後は、これが熊本の城下で起こった小さな事件ではあるけれど、やがては神風連の乱という大きな反政府運動に繋がったと締めくくります。

なんであれ、普通は書きたい事に集中して、ついおざなりになってしまうけれど、そういう社会の中の動きに生きた多様な人間を加えた、情緒も人情もある小説です。素晴らしですね。

そこで些細な質問1ですが、下級武士は軍資金を押し込みなど、不法な行為で得ていたのでしょうか。もしそうであれば、商家はもちろん、庶民や町民からの同情は無理だったでしょうね。
質問2は言葉使いです。下級武士加賀屋は「~じゃねえ」とか「養えねえ」「食ってはいけねえ」という「ねえ」の語尾を使っています。武士でも下級となると言葉も違くだけるんでしょうか。
質問3は私は熊本の地理は今のも昔のも全く知らないので、特に最初の描写ではついて行くのに時間がかかりました。次の機会にはよかったら川とか山、道を線で描いた簡単な地図を入れていただくと、想像しやすい気がします。

時代、地理、その特徴など、これだけ丁寧に事実に沿って描くとなると、図書館での調査が大変だった事と思います。本当にご苦労さまでした。そしてその甲斐が十分ある見事な作品に仕上がっていると思います。
 

晩秋十一月(49)(50)(51)

 投稿者:秋 たける  投稿日:2017年11月19日(日)15時01分19秒
返信・引用 編集済
  写真上 ケヤキ紅葉。写真中 池の面に映ったケヤキ紅葉。写真下 まだ紅葉のはじまらないモミジ
の下でツワブキが満開でした。横浜公園日本庭園で11月17日に写しました。
 

晩秋十一月(46)(47)(48)

 投稿者:秋 たける  投稿日:2017年11月18日(土)20時34分24秒
返信・引用 編集済
   うのたんさん、私は犬吠埼から一度、太平洋を眺めてみたいと思いながら、まだ訪ねたこと
はありません。ヤマサ醤油さんの大きな樽、いまは横に寝かせて休憩所に使われているので
しょうか。面白いアイデアですね。1枚の写真からいろいろな想像が浮かんできます。これから
出先でお撮りになった写真を見せてください。

 私は昨日・16日、横浜公園から日本大通りを通り、山下公園の前の海岸通りを歩き、イチョウ
並木の黄葉を撮ってきました。

 写真上 横浜公園ケヤキ紅葉と横浜スターディアム。
  写真中・下 横浜公園の一画に、日本庭園があります。ここでもケヤキが紅葉していました。
 

維新の声を呼んで Ⅱ

 投稿者:亮子OTTIGNON  投稿日:2017年11月18日(土)20時18分36秒
返信・引用 編集済
  私はどの編をよんでも 毎回、熊本さんの書き出しがとても良いと思う。

「 急峻な芳野の嶽部落からの坂道は山の中に僅かに人が歩いた跡が残る狭い急な下り坂であった。 先頭に立つ邏卒は自ら振るう鎌で道を塞ぐ木立や繁った芒の原を勢いよく払いながら近津へと辿る山道を下って行くのであった。

 若い巡査(伊豆新太郎)はその後を数名の下っ引きと共に額から出る汗を拭いながら付いて行くのが精一杯であった。何度か谷を渡り又山道に入り込んでは又山道を登り続けた。」

今回の風景の描写も非常に丁寧で それで居ながらそれがただの説明的なものでなく、この山道を鎌で道を塞ぐ木立や繁った芒の原を勢いよく払いながら行くさまが次ぎの文の額の汗に結び付き 読む側にその季節感や 雰囲気が伝わってくる。

又 部落と言う言葉や、巡査と後を数名の下っ引き、など 新しいものや古いものが入り混じる 明治維新をこの言葉自体からも感じ取れる。 しかもご自分で歩かれた土地感と合わせ心憎いというほどに文章が構成されている。

吟遊視人さんも かかれていたが 歴史的背景を踏まえていることもあるにも関わらず、その重さよりは その時代を生き抜いた人たちの人間性が前に出たロマンで在るとわたしも思う。

合評お礼に書かれている熊本さんが述べていられるその土地の人の人なりが、士族の反乱がただの政治的のものだけでなく そういうことに 多いに影響を与えているという見方も なるほどと思えるものがあり、歴史的な小説もいろいろな目で見てみると 面白いものだと熊本さんの 明治維新のシリーズを読み 新しい楽しみを見つけました。

又先に 士族の人口などを調べてみた時に萩の反乱(山口県)を除いては 一年前の佐賀の乱、 1876年 この神風連の乱、秋月の乱、翌年の西南戦争と 殆どが九州で起きていることに やはり土地柄が影響しているか、または 裕福な藩で失うものが多かったのか、又思想的なものに対する考え方が昔から重視される土地柄であったのかと 思わされました
 

十一月を撮る-3

 投稿者:うのたん  投稿日:2017年11月17日(金)21時33分50秒
返信・引用
  昨日に続き日帰り旅行m銚子方面の写真を投稿します。
写真上:ヤマサ醤油工場見学、大きな樽を置いていました。
写真中:犬吠埼より見た太平洋
写真下:佐原びて、遠くは利根川がゆるやかに流れています。
 

合評御礼

 投稿者:熊本太郎  投稿日:2017年11月17日(金)19時08分46秒
返信・引用
  吟遊さん・亮子さん「維新の声」を読んで頂き感謝します。長かった江戸時代が終わり明治に変わった途端の国の政策の変更は熊本のみならず全国の士族の運命を変えた事だったでしょうね。そんな中で熊本の士族の苦悩の中から生まれた反乱は、同じ運命にあった各地の士族に大きな影響を与えたと思います。自分だけでなく県民性とでも言うのかなかなか新しいもの(制度)には取り組めない(受け入れられない)感情が先に起きる土地柄です。 一人が新しいものに飛びつくとすぐに揶揄される土地柄です。 それでいて直ぐには迎合もしない様子見の多い土地柄です。 明治時代に官公庁の出先が多かった熊本は中央(政府)から来た人たちは大変苦労した事でしょうね。そういえば夏目漱石も熊本の大学へ赴任してきたものの、何回も引越をしたことは
何か関係あるんでしょうかね。市内には漱石の旧居跡が多数残されており、記念館として市民に開放されている家屋もきれいに保存されています。 時おり訪れては座敷で漱石先生と対峙して
机の上の「猫」と向き合うことも楽しみのひとつでもあります。 秋さんの漱石に関する写真を興味深く見させていただき感謝しています。
 

晩秋十一月(43)(44)(45)

 投稿者:秋 たける  投稿日:2017年11月17日(金)15時00分56秒
返信・引用 編集済
  私が住んでいる団地のなかにに幾つかの小公園がつくられています。そのなかの一つ・鳥の舞
公園で11日に撮ったケヤキ紅葉です。
 

漱石の原稿用紙

 投稿者:秋 たける  投稿日:2017年11月17日(金)09時59分58秒
返信・引用
   ひまじん様、
 漱石の、あの特注原稿用紙は、神楽坂通りの文房具店の老舗「相馬屋」製だったんですね。
 知りませんでした。教えていただいてありがとうございます。雑学がまた一つ増えてうれし
 いです。

 

「維新の声」を読んで

 投稿者:亮子OTTIGNON  投稿日:2017年11月17日(金)01時23分59秒
返信・引用 編集済
  多分九州出身の方は この「維新の声」読むに当たって わたしと違い歴史的知識と 又郷土と郷土に深い愛着を持って読まれたことと思います。それで合評を書かれた吟遊視人さんが Google しらべてくださった事を読み、又全く歴史に弱い私もそれなりに時代背景を知るために神風連の乱についてみてみましたら

明治9年(1876)10月24日、政府の欧化政策に憤劇した熊本の士族で作る神風連(敬神党)が挙兵し、熊本鎮台(熊本城)を襲撃した反乱です。彼らは復古の思想に役立ち信仰に基づいてのみ戦ったもので、政治的色彩が無いことが特徴とされています。
彼らは、幕末の思想家・林桜園の教養に基づき挙兵までも神に伺いをたてて(宇気比)許しを乞うたということです。
 敬神党の乱ともいう。 1876年熊本で起った士族の反乱。この年,金禄公債条例が発行されて士族の経済的没落が特に顕著となり,士族層の間に明治新政府に対する不満がみなぎっていた。鎖国攘夷を依然主張する敬神党は,かねてから新政府の洋化政策に激しい憤りをいだいていたが,1876年3月の廃刀令の発布に端を発し,同年 10月党首領太田黒伴雄らが決起し,百数十人に上る武装集団をもって熊本鎮台司令長官種田政明,県令安岡良亮らを斬殺したが,翌日鎮台兵により鎮圧された。これは秋月の乱,萩の乱の導火線となった。

その翌年に西南戦争があったわけですが これもまた

西南戦争(せいなんせんそう)、または西南の役(せいなんのえき)は、1877年(明治10年)に現在の熊本県・宮崎県・大分県・鹿児島県において西郷隆盛を盟主にして起こった士族による武力反乱である。明治初期に起こった一連の士族反乱の中でも最大規模のもので、2017年現在日本国内で最後の内戦である。鹿児島では丁丑戦として語られている。

これらの情報を読んでみて明治維新に 士族が廃止されて いわゆる今で言えば サラリーマン的存在であった 士族が転業できず完全に失業するということがわかっていながら、明治政府が何の対策もしなかったということは 反乱は起きるべきをしておきたと思える。もっと日本中で士族の反乱が沢山あってもおかしくないと思い 一体総人口に対して江戸時代末期の「戦闘要員としての武士の人数はどれくらいだったのだろうかと 調べてみると

明治4年(1871)当時の総人口は3,311万人、士族3.9% 卒族2.0% 僧尼神官 0.98% 平民93%。士族と卒族合計は5.9%ですが この数字は女子供を含みますので戦闘要員としての武士に数は総人口の1%。
その後にこのようなコメントもついていました。
さらにその、3分の一以下くらいでしょう。
武士、の大半は国家公務員と地方公務員ですが、その大半が事務員で、戦闘員はそれほど多くありません。
ある意味、これが幕府の到達した「小さな政府」であり、それによりすくない税金が可能になったのです。
明治維新後、「国民皆兵」など国民の負担が膨大になり、一揆が多発したのも無理ないことです。

それ故に総人口から見ると 実際には維新の際に幕府から明治に移ったときには 多くの一般人にはそれほど問題が無くて スムースに移動できたのだろうと思いました。

熊本さんの合評から 外れてごめんなさい。合評は明日書きます。
 

赤城神社

 投稿者:ひまじん  投稿日:2017年11月16日(木)23時50分0秒
返信・引用
  赤城神社は毎年初詣にお参りする神社です。

神楽坂通りにある文房具店「相馬屋」は、夏目漱石等有名な文豪がここの原稿用紙を愛用したそうです。
 

CWほかの合評開始

 投稿者:o-chan  投稿日:2017年11月16日(木)23時45分33秒
返信・引用
  熊本さんの合評期間は終わり、これから次号が発刊されるまでCWほかの合評になりますが、私も含めて遅れての合評も是非やりましょう。熊本さんの合評は半分まで書いたのですが、焦らずに明日に完成させるつもりです。

合評をしようと思うと、ただ読み捨てている時とは違う感慨や感想が出てきて、嬉しくもあり楽しくもあります。確かにいい加減に読めないから時間もかかるし、面倒と思うこともあるでしょうが、挑戦してもよい作品があれば、どうぞ今からでもよいので、合評をしてみてください。
 

十一月を撮る-2

 投稿者:うのたん  投稿日:2017年11月16日(木)21時35分4秒
返信・引用
  秋さん写真を見ていただき有難うございます。
11日の高校の同窓会、12日の町内秋祭り、昨日15日は友愛会(敬老会)の日帰り旅行、銚子散策の旅を終えて一通りのイベントが終わりました。
原稿も1ページでもと書いています。
昨日の銚子散策の旅、何枚かのスナップを投稿しますのでご覧ください。
写真上:最初に訪問の『蓮沼守屋酒造』には大きな秋田犬が繋がれていました。人懐っこいのですが大きなため少し緊張しました。人懐っこく初めて触る事も出来ました。
犬吠埼の灯台:灯台は近くから見るより遠くから見た方が良いようです。
写真下:佐原の道の駅、すぐ横は利根川が流れており以前と違い沢山の白鳥がいました。
 

晩秋十一月(40)(41)(42)

 投稿者:秋 たける  投稿日:2017年11月16日(木)16時15分37秒
返信・引用 編集済
  うのたんさん、御幸通りのイチョウ、きれいに黄葉していますね。外苑前のイチョウ並木も
黄葉していることでしょう。昨日の、朝日の神奈川版に、日本大通りのイチョウも20日前後に
見ごろを迎えるだろうと、きれいな写真を載せて紹介していました。そうのうち歩いて来ます。

 写真上・中 漱石公園をあとにして、広い早稲田通りを避けて静かな路地を、ひとに道を尋ね
    ながら神楽坂に向かいました。途中でお詣りした赤城神社の境内のケヤキがきれいでした。
 写真下 神楽坂通り。われらが「言の輪」製本の定宿はどの辺りなのだろうか。
 

漱石公園

 投稿者:秋 たける  投稿日:2017年11月16日(木)11時02分5秒
返信・引用 編集済
   ひまじんさんのご指摘が正しいです。昭和51年に漱石山房の跡地を「新宿区漱石公園」を開設、その
一部整備して記念館を新築したことにともない、園内も大きく模様替えされたことと思います。
 

漱石公園

 投稿者:秋 たける  投稿日:2017年11月16日(木)10時49分50秒
返信・引用
   ひまじんさんのご指摘  

漱石公園

 投稿者:ひまじん  投稿日:2017年11月16日(木)09時16分33秒
返信・引用
  漱石山房記念館は、漱石公園の跡地に建てられたと思っていました。

漱石公園の道草庵や猫塚がそのままあるのは嬉しいですね。
 

晩秋十一月(37)(38)(39)

 投稿者:秋 たける  投稿日:2017年11月15日(水)14時18分47秒
返信・引用 編集済
  ひまじん様、漱石山房記念館の右横から、その背後に設えられた新宿区漱石公園に入ってみました。
公園の入り口に漱石の胸像(写真上)が置かれていました。道草庵(写真中)には漱石著作のハード
カバーの初版版がガラスケースに陳列されています。管理人の方でしょうか、櫻の落葉を掃いておら
れました。「吾輩は猫である」の猫塚(1953年に再現された)が、花壇にかこまれて立っていました。
迷い込んできた捨て猫がいくら追い出されても戻ってきて、漱石の「家に置いてやれ」の一言で、漱石
山房に住みつくことになった「吾輩」は、小説の主人公になることで漱石を一躍有名にして、福猫、
いや、まねき猫になりました。この猫が死んだとき、漱石は何人かの友人に死亡通知のハガキを出して
います。
 

十一を撮る

 投稿者:うのたん  投稿日:2017年11月14日(火)21時10分22秒
返信・引用
  合評や投稿が滞っており申し訳ありません。
相変わらず秋さんはいろいろな素晴らしい写真を投稿していただき楽しませていただいています。
11月に入り何も投稿していませんが羽田空港と東京駅前通りの写真を投稿します。
ご覧いただければ幸いです。
写真上:11月3日、娘が福岡から帰京するため迎えに行った時のスナップです。空港内の店には『東京オリンピックグッズ一色』のようでした(11月3日写す)
写真中:東京駅前より皇居へ向かう通り、銀杏の葉が少し紅葉している。茶色のビルは東京海上火災ビル。
写真下:同じ通りの銀杏の木
 

「維新の声」を読んで

 投稿者:吟遊視人  投稿日:2017年11月14日(火)20時47分44秒
返信・引用
  高校の歴史の授業だったかと思いますが、明治維新のあと、明治政府への反乱がおこり、特に熊本で発生した反乱は世間を騒がせ「神風連の乱」と言われている、というようなことを教わったこと覚えています。

熊本さんの今回の創作は、この「神風連の乱」を題材にしたものではないかと思っていましたが、最後に言われているように「やがてこの動きが、ここ熊本鎮台の城下で神風連の乱と言われる大きな反政府運動に繋がるとは誰もが予想だにしていなかった」と書かれていて、私の推察が当たったようで喜んでいます。

その神風連の乱を改めて「世界大百科事典」で引いてみました。
次のように説明してあります。
【神風連の乱】
1876年熊本で起こった保守的士族の明治政府への反乱。敬神党の乱ともいう。敬神党(神風連)は1872年(明治5)ころ,太田黒伴雄(大野鉄平)や加屋霽堅(はるかた)らが熊本に組織したもので,彼らは保守的・国粋主義的立場から明治政府の開明政策に反対し,腰に長剣を帯び,頭に髻(もとどり)を束ね,烏帽子をかぶり,神道を尊崇し,外人を嫌忌し,復古的排外主義を主張した。この地には池辺吉十郎らの国権党や宮崎八郎に代表される民権党もあり,主義主張は異にしていたが,共に反政府の立場をとっていた。

あまり詳しく書くと、せっかくの創作にたいして興ざめになりますので、やめますが、いつもながら熊本さんの地元で発生した歴史的な事実を脚本にして物語を構成する表現力には感心しています。

前にも申しましたが、小説というのは自分の好むままに、あるいはペンの進むにまかせてストーリーを展開していけばいいのですが、歴史を素材にすればそういうわけにもいきません。背景となる史実の検証や時代考証がどうしても必要になります。
ある文芸評論家が述べていましたが、時代小説を創作すること、ましてや歴史小説を作り上げるということは、その時代考証や土地、人々の暮らしの検証を5倍ぐらいやらないと、その物語の雰囲気や流れがうまく描けない、と。今回の作品も登場人物の名前も含めて色々と調べられたようです。

同時に「神風連の乱」を含め熊本さんの創作には地元の熊本に関するストーリーが多いのもやはり熊本という土地への愛着と歴史への強い好奇心が強いことによるのでしょうか。
 

漱石山房記念館

 投稿者:ひまじん  投稿日:2017年11月14日(火)13時58分4秒
返信・引用
  秋たける様 漱石山房記念館にいらしたのですね。

ここは我が家から徒歩10分ぐらいのところにあって、以前公園になっていた時には何度か行ったのですが、
記念館の工事中にはその前を何度も通っていたのですが、出来上がってからはまだ行ってません。
早く行かなければと思っています。
 

晩秋十一月(34)(35)(36)

 投稿者:秋 たける  投稿日:2017年11月14日(火)09時51分50秒
返信・引用 編集済
   9月27日に開館したばかりのばかりの漱石山房記念館の細長い前庭に、いろいろな草木が植えられて
いました。元の漱石山房の庭の植木を再現したのでしょう。写真には撮りませんでしたが、シュウカイ
ドウが咲き、トクサが全面に植えられていました。写真上はザクロ、写真中はモミジ、写真下はバショウ。
その後ろに白い、特徴的な欄干が見えています。この欄干も旧漱石山房の再現でしょう。11月7日に写す。
 

晩秋十一月(31)(32)(33)

 投稿者:秋 たける  投稿日:2017年11月13日(月)23時13分25秒
返信・引用 編集済
  写真上 漱石山房記念館入口。元の「漱石山房」はこの場所に建てられていた。手すりも再現さ
     れている。
写真中 元の書斎があったところに、漱石山房再現展示室が設えられている。撮影禁止なので、
     Webで公開されているものを拝借した。この蔵書は漱石手持ちの現物ではないとの
     説明があった。部屋の広さは原寸大だという。
写真下 これは1階のオープンスペースで上映されているビデオから写したの。元の山房の
     入口に丈の高い芭蕉が植えられていますが、現在の記念館の前にも芭蕉が植えられ
     ていました。字幕に「主の作家人生11年のうち9円間をこの「漱石山房」で過ごし・・」
     と書かれています。11月7日、写す。
 

オーチャン様&亮子様

 投稿者:イマジン  投稿日:2017年11月13日(月)07時42分39秒
返信・引用 編集済
  合評、有難うございます。
確かに、高いところではふらつき、とても危ないのですが、それは高齢者だけでなく、若い人もそうです。

労働安全衛生法では、高さが2メートル以上の場所は高所作業と呼んで特別の規制がありますが、2メートル以上だけでなく床よりおよそ高いところはすべて危険です。私の経験では85センチのところからバランスを崩して倒れ死亡した事例を知っています。友人の専門家は35㎝の高さから転落して死亡事故になったと言っていました。

飛び降りたら怪我をしませんが、意図に反して落下したら死に至ります。人間の身体は本当にもろいです。

高齢者になると転倒事故が増えますが,高齢者だけでなく若い人も同じです。なにしろ全災害の三分の一は転倒事故です。床で転倒して大けがをしたり、はては死亡に至っても稀ではありません。その転倒事故も、その多くは床に段差もなく、躓く要因もないようなところで転倒するのです。まさに畳のヘリでもつまずいて倒れます。

ガラスコップに水を入れると、その重量の約60%は水で、残りがガラスになります。これを床に落とすとガシャンとガラスが砕けて水が飛び散ります。人間の身体も60%が水分で、人間もガラスコップと同じです。倒れるとガシャンと砕けて死ぬのです。

皆さん、倒れないようにしましょう。
東大医学部の整形外科の教授をした大先生は、この方は多くの転倒災害者の治療をした経験から、「転倒防止はヌカヅケに注意」と仰っています。「ヌ」は濡れた床、「カ」は階段、「ヅケ」は片付けのことだそうです。
私も最近はこの言葉を多用しています。

ヨーロッパではハイヒールは禁止されているとのこと、やはり進んでいますね。日本ではそんなことはありません。

(亮子様、ヨーロッパの実情をご案内いただいて有難うございます。これ等の事情は、今後日本でもいろんなところで発言して広めていきたいと思います。これからも宜しくお教えいただきますようお願いいたします。)

先日、稲田防衛大臣が自衛隊員の訓示の時にハイヒールを履いていたと非難されていましたが、これはまさに特殊な例で、別の観点からの非難のようでした。
 

海外の安全管理について

 投稿者:亮子OTTIGNON  投稿日:2017年11月13日(月)02時43分28秒
返信・引用
  もしかしたら 海外においての工場、会社に置ける 安全管理が良いのは 何あったときには会社側に 小さい事故であるとも 会社側の責任をとわれ、訴訟されることは多く、ある意味では行き過ぎと言えるほど (例えば事務の人がハイヒールを履いて仕事をしていて ちょっとの段差で つまずいてさえ 訴訟されるという)と言うわけで 会社側は戦線恐々としています。

これは実際に私の友達の動物飼育食料を混ぜ合わせる工場でおこったことです。 そこには 大型トラックが沢山出入りをして ホッパーと言うので 何トンと言う食料をトラックに積み込みます。そこで働いている人がトラックをホッパーのあるところのバックしようとした時に 工場内で働いていた人を轢いたという事故です。 問題は先ず 実際に轢いたか、バックをしているので殆どスピードが無いため その人には何も怪我が無く 原因は心臓麻痺. それでも バックしてきたトラックにパニックして そうなったと判定。それに死んだ人は いつもきる規則の黄色い光に反射するジャケットを着ていなかったこと。

先ずもって  どちら側の弁護とは関係なく いわゆる公共の農業関係の事故に関する組織が 調べに入り、1年ほどかかり判断が下されました。

死んだ人が黄色いジャケットをつけていないことについては そういうことが前にも存在したということから、本人の間違いでもあるが それを会社側がちゃんとコントロール強制していなかったという点で 安全管理がずさんで在ったとして それで会社側に対して 罰金が科せられました。 又トラックを運転していた運転手は 運転不注意として 刑にはなりませんでしたが やはり かなりの 罰金を科せられました。 又会社に対して 工場の安全管理について いろいろ改善するように勧告があり、入り口自体に トラックの出入りについての警告の看板の取り付け、 又関係者立ち入り禁止だけでは そこに働いている人だけでなく 関係者としての取引先などが立ち入ることも考えて 工場内に働いている人は自分の場所や いろいろなものを運び頒布する機械を使う人は何処に誰が居るかは知っているが、 外からの関係者があるきまわることについては コントロールできないので そういう人が歩くルートを黄色い太い線をペンキで塗るようにと、指示があったそうです。 それで誰もがこの黄色の線上には もしかして人がいる場合があるとして 注意が行き届くそうです。

なかなか いい案だと思いました。

ちなみにLondonにすむ娘が働いている 小児科学会では職場でのハイヒールの使用は禁止なので 大抵皆職場で働くための靴を 職場においていて履き替えるそうです。又実際にそのほうが楽だと娘もいっています。
 

歓迎

 投稿者:吟遊視人  投稿日:2017年11月13日(月)00時27分39秒
返信・引用
  らくちゃん(こんなに呼んでいいのかな)再入会、歓迎します。
早速の入会の言葉ありがとう。また創作部門につむじ風を起こしてください。

熊本さん、ブログの写真拝見しました。なんだかいっぱっしの魚師みたいですね。昔昔、筑後川の支流である近くの早津江川で親父が泳ぎながらこのような網で小魚を捕っていたのを思い出します。
 

再参加の言葉

 投稿者:らく  投稿日:2017年11月12日(日)22時01分59秒
返信・引用
  言の輪の皆さま

昨日、3週間の日本からシアトルへ帰って参りました。猛烈に多忙なスケジュールでしたが、幸い、おーちゃんにはお目にかかる時間が取れて、再参加の報告が出来ました。
最後に投稿したのが、「ウェストポート」でしたので、多分8年くらい前かと思います。
8年間には諸々の事があり、身体もあちらこちらと衰えが目立ってきて、陶芸の方も腰が痛いなどと言っております内に、お休みしてから、2年目を迎えております。
その間、新たに二人の孫息子が加わり、息子も2年前にニュージャージー州から帰って参りましたので、毎週、10人がわいわいがやがやと集合している賑やかさです。

再参加に関しましては、皆さまからの暖かい歓迎のお気持ちに心から感謝いたしております。最後にその切っ掛けを作って下さった、櫻井様の後押しにありがとうとの思いをお伝えします。
今回は、11月締め切りの投稿には間に合いませんが、次回には何か書きたいと思っておりますので、宜しくお願い致します。
皆さまとのこれからの交流を本当に楽しみにしております。
 

晩秋十一月(28)(29)(30)

 投稿者:秋 たける  投稿日:2017年11月12日(日)17時52分6秒
返信・引用 編集済
   写真上のこの道路標識をみて、夏目坂通りに入ってすぐのお店の前に、夏目漱石生誕の地(写真中)の
左手石碑と(写真下の)句碑が立ってした。11月7日に写しました。
 

イマジンさんの合評

 投稿者:o-chan  投稿日:2017年11月12日(日)17時22分24秒
返信・引用
  合評お礼が出てからの合評で、出遅れましたが、やらないよりはましかなと思って書いています。

うちにも可愛い脚立がありますが、これは脚立と呼べるでしょうかねえ。そういう意味では脚立の定義が曖昧ですが、脚がある台ということでは
ガニ股の短足(脚というよりほとんど2枚の板)でも、うちのも一応脚立でしょうか。それとも脚台かな。なにしろ椅子より低いです。何のために買ったかというと、例えば椅子も入らないトイレやお風呂場など狭いところで電球を替えたい時などに便利と思ったからです。スツールよりうんと安定感があります。でも天井の蛍光灯にはこれでは届きません。椅子でもだめで、ついこの前はテーブルを引きずってその上で作業しました。でもリビングだったからテーブルが使えたけれど、寝室や納戸はドアがあるから無理でしょうね。便利屋さんにでも頼むしかないでしょう。

写真の脚立などはイマジンさんや亮子さんの家のように一戸建てや、マンションでも収納出来る場所がないと不便でしょうね。もっともこのような脚立を使うケースは家庭では庭仕事や趣味の大工工事くらいでしょうからね。

家庭でも仕事でも、ああいう狭い足場の上で作業するのは慣れないと無理でしょうね。狭い、高い、と思っただけでも脚がふらつきそうです。

話は飛びますが、スラックラインというスポーツをご存知ですか。うちのジムでよく受講生を募っていますが、これは地上50センチほどに張った細い紐の上を歩く競技です。世界ランキングに入っているという女性が教えてくれるのでが、思っただけでも無理ですね。地上でもちゃんと直線を歩けるかどうかもおぼつかないからね。

遅れただけでなく、内容もやらないよりましかなと思うくらいで、すみません。でもおかげで日本と海外の脚立の違いを見ることができました。確かに亮子さんのところの脚立はここいらで見かけたことはないですね。うちのマンションの倉庫に入っている脚立も日本式です。危ないですね。

 

『安全』には、≪際限≫も≪終り≫もありません・・・

 投稿者:旅人=M  投稿日:2017年11月12日(日)16時49分9秒
返信・引用
  イマジン さま・・・
『安全』は、≪際限≫も≪終り≫もない、大変な仕事とお察しします。

大分前のテレビ放映の話題です。
1.高速道路の制限速度を、時速100キロから、110キロに引き上げようという議論でした。
2.出演していた、推進担当者の一人の意見でした。
  (テスト走行期間中の実績でしょうが)『110キロでも、事故は発生しなかった・・・』)
3.『だから大丈夫』・・・という発言でした。
4.事実かもしれませんが、口にするにはもっと違う言葉がないだろうか、考えさせられました。
  (上手い言葉はみつかりませんが・・・人、夫々なのでしょう・・・)

≪スリー・ポイント確保の体験・・・私ごとですが・・・≫
1.『点の記』という映画の中の舞台で紹介されていましたが。
2.『剱岳(つるぎだけ)』での登山の体験です。
3.一般と言えるコースですが、≪カニの立て這い≫≪カニの横這い≫という、岩場の難コースがあります。
4.≪スリー・ポイント確保≫、と大きな声で≪独り言≫を叫びながら、進みました。
5.頂上で一休みして、昼食の≪オニギリ≫を食べ始めたところで、膝が≪ガクガク≫してきたのを覚えてい  ます。緊張がほぐれて、ホッとしたのでしょう・・・
6.山での≪スリー・ポイント確保とは、『両手+片足』又は、『片手+両足』を、岩角につけて、一歩、一  歩、ゆっくりすすむことです。
 

合評御礼

 投稿者:イマジン  投稿日:2017年11月12日(日)11時24分32秒
返信・引用 編集済
  吟遊視人様
亮子OTTIGNON様
旅人=M 様

たんなる実務書ですので大変合評しずらいものですが、御三方に合評いただき大変感謝しています。

旅人M様御指摘の通り、この文書は名宛人が企業の安全管理者なのか、労働者なのかややあいまいです。私としては下記の写真の様に、まだまだ現場では脚立の危険性に無知な場合が多く、あらゆる関係者に知っていただきたく、このような内容になりました。

脚立使用時の三点支持の厳守は、イギリスの基準ですが、この原則はイギリスのみならずヨーロッパ中で守られているようです。亮子OTTIGNON様のご投稿でそのことがわかりました。亮子OTTIGNON様、有難うございます。そもそも日本で一般に使われている脚立は、ヨーロッパ中ですでにあまり使われなくなっているようです。

亮子OTTIGNON 様がお示しになった脚立は日本でも、先進的な現場でちらほら使われだしています。ホンのちらほらです。この脚立は、三点支持をやりやすいように設計されたもので、之がヨーロッパではスタンダードなんて、実にビックリします。

イギリスの死亡事故は日本の半分ですが、さもありなんと思います。日本は本当に遅れています。危険な脚立が、専門家はもとより、一般のホームセンターで堂々と売られ、一般の家庭でごくごく普通に使われています。

下の写真は、何れも専門家の使用の状態ですが、これは私が一般公道から写したものです。一般公道で堂々とこのような使い方が行われています。この人たちが転落したら恐らくとても大きな確率で死亡や重症の労働災害になるでしょう。

実は、天板に乗ることが禁止だというのは、日本では法令ではなく、最近言われだしたことです。三点支持というのも、最近のことです。自慢するようですが、数年前イギリスの文献を読んでいて、それが彼の地のルールだという事を知り、声を上げ始めました。然しいまだ、ほとんど浸透していません。

一昨日、山崎パンさんの大阪工場に行き、同社の全国の安全担当者を一堂に会した安全大会に出席しました。席上脚立の使い方として、ある工場で脚立の最上ステップに天板使用禁止の板を、天板の最上段のステップのところに貼りだし、天板から2段目以上のステップは使えない様にしたらどうかという事で、使用禁止の板が好事例で発表されました。とても嬉しくなりました。然し、このような安全策を平気で発表できる企業は、先進的な企業(山崎パンは食料品製造業では日本のトップ企業です。度数率はわずか0.2です。)だからこそです。

しかし、其れよりも、亮子OTTIGNON ?様のご投稿の写真のようなものを使うようにすべきでしょうねエ。くりかえしになりますが、これからは、このような脚立を使うべきだと声を大にしたいと思います。

ヨーロッパでの安全対策がとても進んでいることは、新風児様のご自宅の玄関の手すりの設置を見て実感しました。又、職場の美しさが必要なことは新風児さんが当然のこととして言われています。新風児さんはヨーロッパでも先進的な方だろうと思いますが、それにしても、ヨーロッパの進歩ぶりは驚きです。

それはさておき、日本の墜落災害の三分の一は多分この脚立からでしょう。とても危険な道具ですが、吟遊視人様にご指摘いただいたように、日本ではこれが家庭でも普通に使われています。我が家にもあり、家内が平気で使っています。

我が家でも、亮子OTTIGNON さんの写真のような脚立を早速購入したいと思っています。
 

脚立

 投稿者:亮子OTTIGNON  投稿日:2017年11月11日(土)20時41分33秒
返信・引用
  今 旅人さんのコメントを読んで作品集の脚立のイラストを見ましたが、旅人さんがおっしゃるように イラストがあると非常に危険な作業がづっとはっきりして判りやすいですね。

ところで脚立は梯子を二つ折りにそれだけで立つようにしたのが脚立かいてあり、と その写真が載っていましたが こちらではこのような 脚立を見たことはありません。

もしかしたら この写真は家庭用でなくて 日本では工業用のものかもしれませんが いわゆる職人専門の梯子を売っているところでも こちらでは見かけません。

ちなみにわたしが持っているいわゆる普通の脚立は どれも脚立は天板から上にまで フレイムが伸びていて そこに つかまれるように なっています。又天板は ペンキの缶を置いたり 使う道具を置くのに使われます。イマジンさんが書かれていたように天板に乗るのはこちらでも禁止です。

特に家に中で使う低い脚立は 高い棚などのものを取ったりする時に便利で つかまるフレイムは脚立の半分を占めており、そこをつかんで脚立の段を上れるので大変安定しています。

高いほうは 外で庭用、低いほうは 家の中においています。
 

晩秋(25)(26)(27)

 投稿者:秋 たける  投稿日:2017年11月11日(土)14時37分43秒
返信・引用 編集済
   漱石の夫人鏡子さんが、漱石の虫封じ(漱石は癇癪もちだった)のためににお詣りした
と伝えられる、穴八幡の秋景色です。11月7日、写す。

  写真上 拝殿を背に右手に立派な、まるで城郭のなかにあるような立派な、大きな石垣を
     見かけました。
 写真中 このモミジが真っ赤に紅葉するのはもう少し先になりそうです。
  写真下 穴八幡宮のお隣は真言宗法成寺でした。石柱に「一陽来復創始」と書かれていま
     した。
 

『脚立使用時の安全策』・を読んで・・・

 投稿者:旅人=M  投稿日:2017年11月11日(土)07時43分53秒
返信・引用 編集済
  『合評』という面からは、手こずります。
所感を書いてみます。

『本書』はどうとらえたらいいのか、迷わされます。
1.筆者(著者)の述べていることの、最終目的らしいところは何なのか・・・?
(1)自分の業務を全うする立場の思いを書いたのか・・・
(2)本当に読んで欲しい人は誰なのか、どういう立場の人か・・・
(3)誰にどんなことを理解して欲しいのか・・・不特定多数者に理解して欲しいのか・・・

・・・読んでいて、学者の『解説書』のような気にさせられました。
内容としては疑問の余地はありません。
究極は現場の『実務書』のようです。

作品の中にも説明がありますが、≪作品集の写真・(イラスト)・参照≫は、内容が端的に理解できるように感じます。特に、現場に立つ人は直観的に理解しやすいと思います。

2.読者は、
(1)企業人なのか・・・
(2)安全管理者・監督者なのか・・・
(3)作業者本人なのか・・・
(4)高齢労働者なのか・・・
  それとも、
(5)不特定多数者なのか・・・
読んでいて、分かりません。ここにも、不特定多数者としてもとれます。

『現場』作業者のためなら・・・≪イラストとそれにマッチした1行のコメント≫の方が効果があります。
(不特定多数者に、より多く目を通して欲しいなら、≪イラストと、それにマッチした1行コメント≫を多用したほうが、現代の人たちにはマッチしているかもしれません)。

 

熊本さんの写真とコメントをブログに

 投稿者:o-chan  投稿日:2017年11月10日(金)14時32分2秒
返信・引用
  今日から15日まで、熊本さんの最後の本文合評期間です。本当にあっという間の時の動きです。

山田さんが投網で魚釣りをしていらっしゃる写真がブログに入りました。かっこよいですね。
私も釣りが大好きで、昔は竹の先に糸をつけてお堀などで釣りましたが、東京に出てきてからは叔母が住む湘南海岸の川ですずきの生魚などを釣りました。兄も小さな船を持っていて、本職の漁師の方から笑われながら巨軍探知機などをつけ、週末はよく釣り、収穫を私のところに送ってくれました。私も数回船に乗せてもらいましたが、糸釣りでかさごを釣るくらいで、この投網というのはやったことがありません。大漁の時は力がいるでしょうね。
 

脚立使用時の安全策を読んで

 投稿者:亮子OTTIGNON  投稿日:2017年11月10日(金)04時50分38秒
返信・引用
  脚立使用時の安全策を読んで、脚立使用が多い私にとって、まさに まさにとうりとうなづけるものが 多いにありました。
特に室内では 梯子を使うことが出来ない上、西洋の家は自分で壁のペンキの塗りかえ、壁紙の張替えなどをするので殆どの方が 脚立を持っています。又この頃の家はモダンに室内の電球が 天井からぶら下がらすに 天井にはめ込まれているので(そして天井が普通2m40なので) 電球を替えるのがむずかしい上に 普通より高い脚立が必要です。

特にお年寄りの人にとっては 電球を替えるときは多いに問題が在り、母が80歳まで1人暮らしをしていた時は そういう時は 電話で親切なお隣の若い方に来てもらって 取り替えてもらっていたのを思い出します。

家の中は床がカーペットですべることも無く水平ですので 殆ど問題がなく1人でも出来ますが やはり道具が必要な場合は イマジンさんが指摘されていたように道具を手渡してもらえる人がいたほうが 安全だと思います。

又外では脚立は庭仕事に多いに使われます。特に庭木の剪定には梯子を使えません。確か日本では昔は 松の手入れなどに来る 庭師は木で出来た梯子に+一本の足と言う三角形のようなのを使っていたように覚えています。

イマジンさんが述べて至れるように 脚立の4本足と言うのは 安定がいいようでも 其れは 平らの地面でのこと、その4点がちゃんと同じ圧力がかかっていればの問題で その点では 多分3本のほうが バランスが 取りやすいのかも知れません。でもこれは庭師のような職業の人のことで一般人の人とは違うと思います。

最後のコメントに 高齢者が家庭で1人で脚立を使用するということは わたしには自殺行為のように見えます。 これこそ わたしのつい最近の経験から この言葉は大変耳に痛い言葉です。

2ヶ月ほど前、木の剪定をするので それようの大きい鋏で脚立に乗って剪定をしていた時ですが 木の上の高さまで届かず、大きい脚立に変えればよいのに、面倒くさいので、脚立最上部の部分の天板に乗って、そのそこから乗り出すように右端のほうに体を伸ばしたときに 重心が片方の足に係り それがやわらかい地面だったので片っ方の脚立の脚が地面にぬめりこみ、脚立から落ちそうになったので 木の枝につかまったとたん、脚立が倒れ始めて足に絡んでぶら下がり、降りるに降りれず、やっと脚立を何とか足から 蹴飛ばして 大きい剪定ばさみを地面に投げ、やっとのことで 木の枝から手を放し 地面に飛び降りました。 まあ怪我は無くてすみましたが 足に大きい青あざが出来 暫く痛かったです。又1人でして居たので 助けを呼ぶことも出来ずで、イマジンさんの書かれているとおり、2人以上で使用(1人作業の禁止)を肝に銘じました。

それこそ我ながら ショック、わたしは 垣根の電気剪定用の機械も使うので 脚立に乗ってそれを使っていたら どんなことになったがと ぎょっとしました。
 

「脚立使用時の安全策」を読んで

 投稿者:吟遊視人  投稿日:2017年11月 9日(木)17時27分5秒
返信・引用
  今回は「脚立」使用時についての注意事項を述べてあります。
私が今年3月に引っ越した時には、元の住処も引っ越し先の部屋も天井が普通のマンションよりも高かったので、脚立を管理組合から借りてよく使用しました。
脚立使用時には、ひや~っとすることはあったものの、無事に引っ越し作業は終わりましたが、本文を読んで、今更ながら脚立の危険性について再認識したような次第です。

特に元のマンションの部屋はメゾネットタイプでしたので、天上からぶら下がった六個の電球の中の二つがつかなくなり、その取り換えには苦労しました。当然脚立が必要になり、リビングルームの場合は、管理組合から借りた脚立は1メートルちょっとしかないので、ダイニングテーブルに脚立を乗せて、連れ合いに脚を支えてもらって、その上に乗ってなんとか電球まで届いたものです。
また2階へ上がる階段の上に下がっている電球には、階段の一つの段のスペースが狭いので、脚立の脚が同じ平面に置くことができず、段ボールなどを重ねて下の段と平行にして脚立を乗せ、ぐらぐらするのでやはり連れ合いに支えてもらいながらなんとか、新しい電球に取り換えることができました。

引っ越し先のマンションは500所帯も住んでいる大きなタワーマンションですので、ここの管理組合では3種類ぐらいの高さのある脚立が用意されていて助かりました。ただカーテンをつけるときなどは、足元がなんとなくぐらぐらするようでしたが、この時は支えてもらわなくても、どうにかできました。

ごく最近このような体験をしましたので、あらためて脚立の危険性が理解できたように思えます。
イマジンさんが掲げている脚立の注意事項として、特に1.床の点検と清掃 2.二人以上で使用 3.脚立の昇降は手ぶらで行うこと 4.作業姿勢は3点支持と重心を脚立の足ノ間に、  という注意点は経験上全くその通りです。

本文は工場や倉庫の場合を想定して、労務管理の一環として書かれた文章です。私の場合は家庭内の個人的な事情で使用した場合なのですが、引っ越した後もしょっちゅう必要としてたので、娘に頼んでアマゾンで、小さな脚立を購入しました。これを使う場合も、上記の注意事項を忘れないようにしておきましょう。
 

晩秋十一月(22)(23)(24)

 投稿者:秋 たける  投稿日:2017年11月 9日(木)13時22分33秒
返信・引用 編集済
   去る11月7日、JR高田馬場駅で友人と待ち合わせて早稲田通りを東に歩き、9月27日に開館したばかり
の漱石山房記念館を見学、そのあと神楽坂を通りJR飯田橋まで歩きました。帰宅してから気が付いたの
ですが、イマジンさんの「シマ」を歩いていたのですね。当日の歩数は13,324歩。年寄りの身には応え
ましたが、お陰さまで新しい「江戸東京学」の一端を学ぶことができ、実り多い秋の1日になりました。
例によって私の絵日記を載せてみます。

 写真上 漱石の奥さん鏡子さんが漱石の癇癪・虫封じのために参拝したという穴八幡宮。
 写真中 右手が本殿。楠の大木がうっそうと茂っていました。
 写真下 拝殿を背に随神門を撮りました。1998年に建て直されたとのこと。朱色が鮮やかでした。
 

晩秋十一月(19)(20)(21)

 投稿者:秋 たける  投稿日:2017年11月 8日(水)11時41分21秒
返信・引用 編集済
   合評をしなければ・・・と思いつつ、逝く秋を惜しみ紅葉を追っかけてでいます。3枚とも近所の
公園で、11月5日に撮りました。
 写真上 日ごとに枝上の紅葉が散り、ケヤキは枯木になっていきます。
 写真中・下 こちらはアメリカンフウ。
 

合評お礼

 投稿者:うのたん  投稿日:2017年11月 8日(水)11時17分19秒
返信・引用
  遅くなりましたが『夏の夜の夢二題』の合評お礼申し上げます。
その前に浪速びとさん体調が優れないとの事ですが季節の変わり目、お大事になさってください。

吟遊視人さん、イマジンさん、o-chanさん、亮子さん合評有難うございました。
また、夢に関する貴重な体験談や夢に対する思いなどなど有難うございます。
吟遊視人さんの『心理学における夢分析』は勉強になりました。
イマジンさんはご丁寧に『・・・ありがとうございました』とありましたが恐縮です。

夢は皆様も述べられているように亡くなったご家族の夢や全く思いもよらない夢、あるいは又、不思議な夢、恐ろしい夢(よく、逃げようと思っても足が動かない怖い夢、可愛い女性の笑顔の夢等など日頃余り接しない光景の夢もありますね。心霊写真とか心霊現象などTVなどでも有りますが完全に否定する事も出来ません。人間の脳裏に突然、現れたり、考えても見ない事が夢に現れる。夢は不思議な現象でもあり人の魂とも繋がっているようです。
O-chanさんの言われるようにいつか『夢』の話で盛り上がると良いですね。
有難うございました。
 

晩秋十一月(16)(17)(18)

 投稿者:秋 たける  投稿日:2017年11月 6日(月)11時39分12秒
返信・引用
  少しでも広く秋の雲を写したいと思い、廃校になった小学校の跡地に場所を移しました。
                              11月3日、横浜市内で。
 

晩秋十一月(13)(14)(15)

 投稿者:秋 たける  投稿日:2017年11月 5日(日)22時18分3秒
返信・引用 編集済
   午後の10時過ぎになって、秋晴れの雲の写真を載せるのも時間が合わないような気がしますが、
やっぱり見ていただきたいので載せます。11月3日、朝ゴミ出しに外に出て北東の空を見上げますと、
きれいなうろこ雲が広がっていました。急いでカメラを取りに戻りました。

 写真上 あさもや公園で 写真中・下 道路の工事現場で
 

合評お礼

 投稿者:浪速びと  投稿日:2017年11月 5日(日)09時04分19秒
返信・引用
  「露草」合評ありがとうございます。お礼が遅くなりました。ごめんなさい。
いつも変わり映えしないことに自嘲していますが、好意的に受け止められ感謝です。

最近体調不如意でくたばっています。そんなに大したことではないのでしょうが、病慣れしていない身にこたえます。
と言うわけで、いろいろお返事したいとかんがえていたのですが、ご容赦ください。
 

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