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反戦短歌(99)

 投稿者:秋 たける  投稿日:2018年 5月25日(金)10時45分59秒
返信・引用
   反戦の歌声喫茶火事にあい昭和は遠く炎に消えし      京都市    吉田 一夫
 2015年2月23日「朝日歌壇」選歌

 
 

風薫る五月(67)(68)(69)

 投稿者:秋 たける  投稿日:2018年 5月25日(金)10時21分6秒
返信・引用 編集済
  御嶽渓谷遊歩道で出会った花たちを紹介します。5月17日、撮影

 写真上 ユキノシタ。鎌倉の寺の参道横の崖でよく見かけますが、ここでは日当たりの
     いいところに咲いていました。
 写真中 カキツバタ。黄色い花と緑の葉の組み合わせは目立ちます。
 写真下 デージー。多摩川の清流を見下ろしていました。
 

風薫る五月(64)(65)(66)

 投稿者:秋 たける  投稿日:2018年 5月24日(木)11時08分15秒
返信・引用 編集済
   御嶽渓谷を歩き終わって、 澤乃井園(写真上と中)へ立ち寄り、御昼はお食事処 ままごとや(写真下)
でおいしく戴きました(写真下)。5月17日、写す。
 

反戦短歌(98)

 投稿者:秋 たける  投稿日:2018年 5月24日(木)10時32分22秒
返信・引用
   戦争に残虐性は付きものと冷めてる自分がとれも哀しい  青森  南  勉
 2004年2月16日「朝日歌壇」選歌

 政官に嘘と隠蔽付きものと冷めてる自分がとても哀しい



 

風薫る五月(61)(62)(63)

 投稿者:秋 たける  投稿日:2018年 5月23日(水)14時42分31秒
返信・引用 編集済
  散歩の途中で、そこに寺社があれば立ち寄ってお参りするのが私の習い、この急石段を手すりに
つかまりながら本堂まで上りました。5月17日、御岳渓谷で撮影。

 写真上 多摩川の右岸の崖に建つ寒山時の鐘楼
 写真中 寒山時寺本堂
 写真下 石段の途中から多摩川に架かる楓橋を見下ろす
 

反戦短歌(97)

 投稿者:秋 たける  投稿日:2018年 5月23日(水)11時37分0秒
返信・引用
   少年兵が歌った「蘇州夜曲」歌えば悲し遠き夏来る    茨城県  渡辺  劼
 2004年8月8日「朝日歌壇」選歌

 渡辺さんは何時、どこで少年兵が歌う「蘇州夜曲」を聞いたか分からないが、遠い夏の、
今も忘れられない悲しい思い出につながるのだろう。

 

風薫る五月(58)(59)(60)

 投稿者:秋 たける  投稿日:2018年 5月22日(火)19時34分42秒
返信・引用 編集済
  今日も17日に歩いた御岳渓谷遊歩道の写真を3葉、載せます。お楽しみください。
 写真上 楓橋の橋脚の下に、黄色いカキツバタが咲いていました。
 写真中 緑のトンネルくぐるようにして下流に向かって多摩川の左岸の遊歩道を
     歩きました。
 写真下 その途中で大石の横にできた川原の砂浜で憩う若者を見かけました。 
 

反戦短歌(96)

 投稿者:秋 たける  投稿日:2018年 5月22日(火)14時41分8秒
返信・引用
  靖国の亡夫の遺影と重なりつテレビの小野田少尉はりりしき      小島 実子
1974年・ルバング島で小野田少尉救出 「朝日歌壇」選歌

初任地の富山で4年半、会社の独身寮の世話になった。戦争未亡人の、寮母さんの部屋に
凛々しい軍服姿のご主人の遺影が飾られていた。その遺影の前で「私の息子のようだ」と
言いながら紹介してくれた。十年ほど前、東京に住むお嬢さんから訃報を受けた。合掌。
 

風薫る五月(55)(56)(57)

 投稿者:秋 たける  投稿日:2018年 5月21日(月)14時17分11秒
返信・引用 編集済
  去る5月17日、御岳渓谷湯歩道を歩きながら新緑の下、多摩川にに架かる橋を三つ渡りました。

 写真上 御岳駅を出て多摩川左岸(写真右手)からこの御岳橋を渡って右岸の
     玉堂美術館へ
 写真中 そのあと御岳橋の一つ下流に架かる御岳小橋を写真緒右から左と渡り、左岸の
     遊歩道に戻り下流に向かって歩きました。
 写真下 写真は、さらにその下流に架かる楓橋。(日本)寒山寺がこの橋の右奥
     (多摩川右岸)の、崖の中腹に建てられているところから、楓橋夜泊(張継)
     の舞台に準えて楓橋と命名したのでしようか。いずれにしろ私は、蘇州に
     ある本家と日本の分家、二つの寒山寺にお詣りすることが出来ました。
     御堂でピックアップした由緒書をみながら高校の「漢文」で習ったこの詩を
     口ずさんでみました。 
 

反戦短歌(95)

 投稿者:秋 たける  投稿日:2018年 5月21日(月)09時57分33秒
返信・引用 編集済
    アフガンのごとく日本も復興の支援うけたり六十年前    北九州市  田村  昇
  2002年4月21日 「朝日歌壇」選歌   20180521

 買物や催しもの見物客でにぎわう横浜港の赤レンガ倉庫の裏に、終戦後、アメリカの民間支援団体ララ
から贈られた「ララ救援物資」がここで陸揚げされたことを示す石碑が建てられている。その傍に、その
救援物資が全国に向けて貨車積みされた、貨物ホームの一部も併せ遺されている。あれから72年余の年月が
流れた。豊かになった今、ララと聞いて、この国がかつてそれらの救援物資で命を繋いだことがあった
ことを思い起こす人は少なった。二度と戦争を起こさない、起こさせないために戦争を語り継ぎたい。
 

風薫る五月(52)(53)(54)

 投稿者:秋 たける  投稿日:2018年 5月20日(日)12時29分38秒
返信・引用 編集済
  17日に歩いた青梅の散策の続きです。

写真上 沢の井駅のプラットホームの看板
写真中 御岳橋から多摩川の下流を見下ろす
写真下 玉堂美術館の横からみた御岳渓谷
 

反戦短歌(94)

 投稿者:秋 たける  投稿日:2018年 5月20日(日)11時34分38秒
返信・引用 編集済
    原発の地に置き去りの母馬の悲しみ知らぬ仔馬がまつはる   いわき市 伊藤 雅水
  2012年10月20日NHK全国短歌フォーラム優秀賞

 原発の地に置き去りにされているのは馬の親子であり、この国に住む全員でだろう。
 原発を核に置き換えれば、全人類ということになるだろう。この星には今、全人類
 が何回でも死ねるほどの核弾頭が貯蔵されていて、その核爆発のボタンを誰が、
 何時押すか、我々には全くわからないまま「彼」の良心だけを信じて・・・

 

風薫る五月(49)(50)(51)

 投稿者:秋 たける  投稿日:2018年 5月19日(土)18時29分35秒
返信・引用 編集済
  去る5月17日。吟遊さんたちと6人で御岳渓谷を歩いて来ました。その前に、玉堂美術館に
立ちより、京都の龍安寺の庭を思わせるような石庭をゆっくり眺めてきました。
 

反戦短歌(93)

 投稿者:秋 たける  投稿日:2018年 5月19日(土)16時36分46秒
返信・引用 編集済
    原発事故「起こした」日本は続行し「知った」ドイツが廃止す原発    交野市  遠藤 昭
  2015年4月6日「朝日歌壇」選歌     
 

反戦短歌(92)

 投稿者:秋 たける  投稿日:2018年 5月18日(金)18時14分46秒
返信・引用
  国会に八紘一宇とび出して頭ごちゃごちゃ今はいつだろう  静岡県 小長谷 千鶴子
2015年4月13日朝日歌壇」選歌 永田 和宏選

 

風薫る五月

 投稿者:秋 たける  投稿日:2018年 5月18日(金)17時14分5秒
返信・引用
   三島スカイウオークのすぐそばに、ヤマボウシが咲いていました(写真上)。三島
スカイウオークの箱根よりの北ゲートの杉林には木っ端が敷かれた林間散歩道が設え
られていました(写真中と下)。4月14日に写しました
 

風薫る五月(46)(47)(48)

 投稿者:秋 たける  投稿日:2018年 5月17日(木)19時26分8秒
返信・引用 編集済
  吟遊さん、私の四季折々の風景写真、目の保養になるとのうれしいご感想をいただき
ありがとうございます。今日も調子に乗って三島スカイウオークの風景写真を3葉
載せます。お楽しみください。5月14日に写しました。
 写真上 写真の奥は駿河湾
 写真中 シャクナゲとスカイウオーク
 写真下 スカイウオークに近づいて撮りました
 
 

反戦短歌(91)

 投稿者:秋 たける  投稿日:2018年 5月17日(木)19時06分39秒
返信・引用
    戦争を知らぬ議員の改憲を説く危うきに苦きため息    座間市  田中 洋一
   2013年4月14日「朝日歌壇」選歌

 知らぬが仏なぞと暢気なことを言っては折れぬ。本人は英雄気取りなのだ。
 危ない、危ない。
 

あじさいやカーネーション

 投稿者:吟遊視人  投稿日:2018年 5月16日(水)23時11分8秒
返信・引用
  秋さんの写真には目の保養になりますね。それにしてもあちこち行かれていますね。
秋さんの風景写真のように目の保養になるか、どうかわかりませんが、母の日に着いた花々です。
 

風薫る五月(44)(45)(46)

 投稿者:秋 たける  投稿日:2018年 5月16日(水)19時07分32秒
返信・引用
  去る5月14日・月曜日、かねて噂を耳にしていた三島のスカイウオークに老妻と二人で
行って来ました。地理的に三島と箱根の中間でしょうか、三島駅と元箱根間を走るバスが
留まってくれます。当日も三島駅南口から乗ったバスは満員、ほぼ全員がスカイウオーク
で降りました。
 

反戦短歌(90)

 投稿者:秋 たける  投稿日:2018年 5月16日(水)16時13分46秒
返信・引用
  病院もスーパーも2キロ圏原子力空母街に食い込む       横須賀市    梅田 悦子
2014年7月21日「朝日歌壇」選歌
 

55号のcwの言葉

 投稿者:o-chan  投稿日:2018年 5月15日(火)23時05分56秒
返信・引用
  55号の表紙も出来上がり、CWの言葉も赤坂さんが用意してくださいました。「写真機、歩け歩け、江戸、戦災、スマホ」の5つです。読者の皆様もよかったら挑戦してみてください。やり方は毎号最後のクリエイティブ・ライティングの最初に説明してあります。

54号のCWの作品も読み直してみてください。それらの合評をするつもりが原稿がなかなか進まず、ストレスになりかけています。でも皆様と一緒にもうひと頑張りしましょう。

cwの言葉は忘れた場合にと、ブログにも書き込みました。
 

風薫る五月(40)(41)(42)

 投稿者:秋 たける  投稿日:2018年 5月15日(火)15時34分24秒
返信・引用 編集済
  5月8日に訪ねた鎌倉の長谷寺は満山、青葉若葉にあふれていました。同日撮影。
 写真上 観音様にお詣りして石段を下りるとき、山門の屋根がモミジの天蓋に
     おおわれているように見えました。
 写真中 供花で荘厳された地蔵菩薩。
 写真下 境内のアメリカン・ジャスミン。
 

反戦短歌 (88) (89)

 投稿者:秋 たける  投稿日:2018年 5月15日(火)15時05分34秒
返信・引用 編集済
   基地と言う戦後ひきずりゆく秋の笑顔すくなき沖縄の友   東京都   緒方  輝
   2005年11月21日 「朝日歌壇」選歌

  慣らされて佐世保岸壁横付けの原子力空母日常となる       長崎県   前田 一揆
   2004年9月20日「朝日歌壇」選歌       
 

風薫る五月(37)(38)(39)

 投稿者:秋 たける  投稿日:2018年 5月13日(日)09時21分1秒
返信・引用 編集済
  明月院を出るころには雨も上がり、北鎌倉駅から鎌倉駅へ、そこで江ノ電に乗り替えて
長谷寺にお詣りしました。3月28日に訪ねて1か月余り、古刹は新緑につつまれていました。
写真は5月8日に写しました。

 写真上 境内の「観音山あじさい路」で出会ったアジサイ
 写真中 カキツバタ
 写真下 水子地蔵。いつきても時の花が供えられています。
 

反戦短歌 (18)

 投稿者:秋 たける  投稿日:2018年 5月13日(日)08時10分43秒
返信・引用
   戦争の船あまた泊めヨコスカの海の蒼の深まり        横須賀市  梅田 悦子
  2015年3月16日「朝日歌壇」選
 

風薫る五月(34)(35)(36)

 投稿者:秋 たける  投稿日:2018年 5月12日(土)16時02分20秒
返信・引用 編集済
  今日も昨日に続けてアジサイ寺・明月院(鎌倉)を歩きます。写真は5月8日の撮影です。
 写真上 方丈の壁に開けられた中国風の丸窓。この丸窓のやや右手に見えるモミジが真赤に
     色づく11月下旬~12月上旬は、ここがその紅葉を撮るポイントなり、順番待ちの
     カメラマンの長蛇の列ができます。パンフレットにもその写真が載っています。
  写真中 方丈の横の沙羅双樹に「平家物語」の有名な1節が掲げられていました。
 写真下 この辺りが、アジサイ観賞のメインストリート、あと2週間もすれば葦の踏み場も
     ないほど込み合うことでしょう。昨年でしたか、入門者の列が横須賀線の線路際
     までのびていました。
 

反戦短歌(86)

 投稿者:秋 たける  投稿日:2018年 5月12日(土)15時38分43秒
返信・引用
    後方も周辺もあるものか弾があたれば死ぬ誰もどこにいても
  2015年3月16日「朝日歌壇」               藤枝市  菊川香保里
 

CWほかの合評再び

 投稿者:o-chan  投稿日:2018年 5月11日(金)17時12分43秒
返信・引用
  本文の合評が全て終わったので、これから次号発刊までは自由に書き込んでください。CWほかの合評も、本文でやり残した合評、前にやったけれど、追加したい場合も、大歓迎です。

と同時に、19日までに完成原稿となるよう、原稿、校正依頼など、よろしくお願いします。私も実はこれからです。
 

合評御礼

 投稿者:イマジン  投稿日:2018年 5月11日(金)12時38分46秒
返信・引用
  先輩の皆様、合評を頂き誠にありがとうございます。また過分のお言葉を頂きました。心より御礼を申し上げます。

吟遊視人様
WHOの定義は、たしかにその内容があまりにも大きくて、なかなか腑に落ちません。私は、これは権限の行使の範囲をなるべく大きく取りたいというWHOの願望の表れではないかとも思いますが、そのように思うことが、かつて公務員だったものの、ナライ性となった浅はかな考えかもしれません。

いずれにしても、WHOの健康という概念を高くとらえて、社会組織や人生のあり方までその概念の中に含めて考えていくということは、最近の過労死やうつ病の問題を考えると、正しいのかもしれないとも思います。特に高齢者、有病者、障害者、性的少数者などなどが十分に生きていくためには、必要な考え方のように思います。

健常者は今の公共設備のあり方に何ら違和感なないと思いますが、大昔(40歳前後のころ)高知市に住んでいた時に、市内に実に多くの障碍者が車いすや杖で往来し、また多くの知的障碍者が公園で遊んでいたり、なごんでいる姿を見て、関係者の人に高知市はこういう方が多いですねえ、と不用意に発言したことがあります。

そうしたらその方から、「多いのではないのです。高知市は大昔からどういうわけかバリアが少ないのです、また人々がこういう方に対する差別感が少なくて外に出てきやすいのです。統計でみてもその人数は普通です」と言われて赤面したことがあります。

今考えてみると、職場における高齢者の取扱い方、職場の環境、待遇いずれも充分でありません。職場が高齢者がいないことを前提にしているからだろう、それが普通であると考えているからだろうと思います。なんとかしてほしいと願っています。

オーチャン様
私の文体に注目いただきありがとうございます。実は文章を書くときに最も注意している部分です。私は現役のころ、書く文章をわかりやすく読んでもらえるように書く習慣が全くありませんでした。相手方にどれだけ正確に伝えることができるかということが、関心毎のすべてでした。

ところが、現役を去ると、文章を読んでもらうためには相手が読んでもいいと思えるような文体にしないと誰も読んでくれないということに気づきました。

ということでなるべく文章は短く、息継ぎやホット休める空間、リズムなどを考えて作っています。

私は社会的に健康という言葉の意味は、社会のあらゆる場所でその人が自分自身の健康状態のいかんにかかわらず、健常者と同じように十分に生きていけることをいうのではないかと思います。乃ち社会のほうの状態をいうのではないかと思います。吟遊視人さんに対する御礼の中に高知市の状況を紹介しましたが、それが社会的に健康な状態の一部をいうのではないかと思います。

駅のプラットホームには多くの駅で手すりがまだありません。中央線は特に多いのですが、人身事故でよく列車が止まったり遅延したりしています。あれのほとんどの原因は、ホームから人が転落した事故です。

なんと視覚障碍者の90%がホームから転落した経験があるというのです。しかも視覚障碍者が歩くしるしである黄色の帯のしるしが、ホームの端から約30センチぐらいのところに設置してあります。列車が侵入してくる直前に、駅のスピーカーは人々に黄色のしるしの内側に退避するように案内します。なんということでしょうか。

10数年前ロンドンに行ったら、ホームのすべてにドアーが付いていました。本当にびっくりしました。イギリスの労働災害は日本の四分の一です。社会全体で健康化が進んでいるように思います。当時の日本はホームの手すりはまだどこにもなかったのです。

先月中国の新幹線に乗ったのですが、日本の新幹線のホームにはすべてドアーがありますが、中国には全くありませんでした。中国の発展は日本に比べるとまだまだ歪です。おそらく欧米人は、日本の状態を観て同じように感じているように思います。

日本の公共施設の多くは、私はまだまだ不健康そのものであると思います。

浪速びと様
健康であること、若いときと同じように健康であることは、高齢者にとっては不可能です。たとえば私は、今は全く走れません。わかいときに偉い人に随行していたら、その人は少し足を早めたら青信号で渡れる時でもユックリ焦らず歩いていました。大人になったら、このように鷹揚にしなければならんと思ったのですが、その方と同じ年頃になったら、鷹揚ではなくそのようにしかできないのだと分かりました。

走れないということは、若いときはまさに病気です。しかし、高齢者にとっては病気でもなんでもなく、まさに健康な常態です。
持病があろうとなかろうと、その人が十分に幸せならそれは健康状態であると思います。持病を持ちながらも、働くことが幸せなら、働くことができるようにすることが、社会の側の責務であると思います。
そのことを私はヘルスファーストというのだろうと思います。

新風児様
かつて新風児さんから職場を美しくし、安全にするというのは、当たり前だ、と教わりました。またお宅にお伺いしたときに、靴の脱着場に手すりが備えてあるのにびっくりしてお聞きしたら、こういうところに手すりがあるのは当たり前で、無かったから自分でDIYで備品を買って取り付けたのだということを、事も無げに言われて、驚きました。これがヨーロッパの基準なんだと身に沁みました。日本も早くヨーロッパのようになってほしいものです。

高齢者が働いている、これは確かに年金の不備にもよります。私が公務員になったときに55歳で退官したら、最後の年俸の79%の年金が生涯貰えるという約束でした。ところが、その79%が、退官のときは30%程度に減少し、しかも62.3歳までは満額給付しないという制度に変更になっていました。まるで詐欺です。
ということで私は現在も働いていますが、世間でも多くの人が働いています。私自身は嫌な仕事は全くしません。嫌な仕事をすると病気になるからです。

確かに今の年金では働かざるを得ない人々が多くいます。年金制度の不備でしょう。なんとかしてほしいと思います。働かなくても生きていけるように、そんな社会になってほしいと思いますが、しかし私は、今は高齢者が働く場合はもっと快適に、もっと楽しく過ごせるように発言していきたいと思っています。
今後ともよろしくお願いいたします。


 

風薫る五月(31)(32)(33)

 投稿者:秋 たける  投稿日:2018年 5月11日(金)10時26分57秒
返信・引用 編集済
   去る5月8日、円覚寺から例年に比べて1ケ月も早く、あじさい寺の明月院に向かいました。前日に
どこかの放送局がここから早咲のあじさいを放送していたことと遠来のわが友は一度も訪ねたことが
ないとのことでしたので、急遽、本院を訪ねることにしました。

 写真上 明月院の門前山に咲くシャクナゲ
 写真中 花壇のテッセン。葉に雨粒が残っていました。
 写真下 花束を抱える?お地蔵さん。
 

反戦短歌 (85)

 投稿者:秋 たける  投稿日:2018年 5月11日(金)09時57分0秒
返信・引用 編集済
   戦場は死にゆくところ単純に忠義と言われて果てしわが友   新潟市   佐藤 文夫
  2003年1月6日「朝日歌壇」選歌

 昨日の歌に続く。兵隊に「取られた」人は己の死に大義、忠義を思い、意義を
見つけて果てられたのだろう。そんな時代に逆戻りしてはならない。

 

「高齢者の職場はヘルス・ファーストで」イマジンさんの作品

 投稿者:新風児  投稿日:2018年 5月10日(木)23時10分2秒
返信・引用 編集済
  イマジンさんの文章はO-chanも書かれてありますが、とても独特な書き方なので、分かりやすく、すんなりと頭の中に入ります。なんだか、先生から生徒に向って語られているように書かれてあります。

ヘルスの重要性。安全第一が当たり前の日本と、欧米ではヘルス第一。なるほどなあ~とご指摘の通りだと思いました。何と無く昔から安全第一と言われていたので、特に気にも掛けていませんでしたが、言われてみればその通り、健康があっての安全第一ですね。
衛生と健康の定義など、わかっているようでしたが、こうして書面にされると、なるほどと改めて理解しやすく思いました。

これまでに書かれている高齢者の社会的貢献など、実際、能力の高い人は過去にも現在でも多方面で活躍されていると思います。
イマジンさんご自身もその一人で、これまでの経験から職場環境の改善策など、あちらこちらで助言や講演をされておられます。

職場での健康診断、衛生管理、そして、安全基準のレベルアップなど行政的な方面でも毎年改善がされているように思います。ただ、私自身、日本で職場についていたのはとても古い時代でしたので、現状がどうなのかは良く知りません。イマジンさんのこれまで書かれたものを読んで、間接的に知る機会ができたものです。その点でも貴重な作品を掲載され、とても参考になっています。

その一方で、高齢になっても、経済的な理由で働かざるを得ない人も多いのではないかと考えます。ベルギーやオランダでは65歳になったら同僚から祝福されて、定年の喜びを祝うのが普通です。つまり、これまでは1日のうち8時間は束縛されていた訳ですが、その束縛から解放されるという喜びを皆さんが味わっている訳です。そして、定年後は退職時点の75%の年金が死ぬまで保証されている訳ですから、自分の趣味や奉仕活動、スポーツ、旅行などで大いに楽しみたいと思うのが一般的です。

正直のところ、高齢になっても働きたい人はいまでも働いておられますが、反面、仕事以外に趣味とかスポーツ、旅行などで老後を存分に楽しみたいと思う人が意外に少ないように感じます。仕事が自分の人生だと目を輝かして言われる高齢者は、ある面で仕事以外のことに興味がないか、知らないのだと思います。

日本での雇用環境は変化しているとは言え、欧米とは比較できません。それが日本だと言えばそれまでですが、まだまだ残業は多いし、まとまって長期に休暇は取れないのが、その例として大きく挙げられます。職場での健康、安全と同時に、この雇用環境についてもまだまだ改善しなければならない問題があります。それは、40年後に帰国して若い人達の仕事ぶりが、我々の時代とはなんら改善されてなく、ある点では逆行しているのではないかとさえ思うからです。イマジンさんの作品とは関係のないことを書いてしまいましたが、お許しください。

「高齢者の職場はヘルスファーストで」とても参考になり、読ませていただいていますし、又、次号を楽しみにしています。
 

「高齢者の職場はヘルス・ファーストで」

 投稿者:浪速びと  投稿日:2018年 5月10日(木)20時24分6秒
返信・引用
  職場環境の問題として、一連の作品は書かれていますが、無職モンにも参考になる要素がいつもあるなぁと思って読んでいます。
今回も目から鱗の部分が色々ありました。
(1) 彼ら(英米)は、ヘルス・ファーストが当たり前で、ヘルス即ち健康の一部としてセーフテイがあるのでしょう。
*安全は健康に含まれる?ということは安全は健康の下位にある?健康第一、だから職場では殊更に安全第一となる?
(2)わが国では、不思議なことに、ヘルスを衛生と翻訳してきました。ヘルスは健康と訳すのが普通ですが、労働の現場では、長い間、衛生と訳してきています。
*ヘルスセンターは健康の意味がありますね。これは私たち素人の生活場面であって、労働の現場とは異なるのですね。
(3)健康とは、病気でないとか、弱っていないということではなく、肉体的にも、精神的にも、そして社会的にも、すべてが満たされた状態にあることをいう(日本WHO協会訳)、とされています。
 健康というのは、「病気でない」ということのみをいうのではなく、もっと高い概念であるということです。
*健康であると言うことはとてつもなく難しい状態だと思いました。健康な状態には普通の人、凡人は到達できないように思います。
(4)職場での健康・・・ 特に、高齢の人たちは、若い人たちと比べると、その健康維持能力は、若い人たちが病気の時と、ほとんど一緒かもしれません。
*この点は納得です。

平易な言葉なのでわかりやすく、読みやすいと思います。

最近持病を抱えながら仕事を続けている人をテレビで見ます。広告だったのかな、治療しながら仕事をすると。本当に良い時代になったものだと思います、本人にも家族にも。持病があるだけで本人も家族も生活面での不安も大きいものです。離職しなくて良いのはどんなに救いになるだろうと思うのです。
昔職場では多忙で病気になっても誰も褒めてくれないから、ほどほどにと笑い話をしたものです。
健康であるということは、並大抵のことではないようで、とても難しいことだと思います。高齢の私の目指すのは、一病息災?でしょうか。

最後に私は英語をはじめ外国語が苦手です。常々意味が分からない言葉が巷に溢れていると思っています。出来るだけ日本語でと思う一人です。
東京都知事が使い始めてからかと思うのですが、最近ファーストと言う言葉が一般的に使われてすっかり社会的に認められたのですね。でも最初私は何と訳すのだろうと思ったのです。事ほどさように私は外国語が苦手で赤っ恥をかくのです。だから日本語で書けるところは日本語でと思うのですが。勝手な言いぐさお許しください。
 

イマジンさんの合評

 投稿者:o-chan  投稿日:2018年 5月10日(木)17時02分15秒
返信・引用 編集済
  イマジンさんの書き方は特徴があり、短文が多く、行間がたっぷり、行替えが頻繁で場所をとりますよね。実際、今回も最後の独立した一行が次ページにはみ出たので、作者の了解を得て、前の行に押し込みました。そのことで多分、息をつく感覚が損なわれたのではないでしょうか。

文を書く時、大きな息、小さな息、ため息、集中力を込めた息、ほっと一息、毅然とした息、誘導する息、などご自分でいろんな息をつき、読者の息を同調させようとする工夫がある感じがします。全く的外れかもしれませんが、こんなことを考えるのも楽しいですよ。

中身については、ふんふんと素直について行けるところもあるけれど、引っかかるところもあります。例えば健康の定義ですが、世界の常識?だと社会的にも満たされている事も条件の一つとあります。この「社会的に満たされている」というのは具体的にどういう状態をいうのでしょうか。勤務先や隣近所、友達、家族などの人間関係?または地位?での評価で満たされている?もしそうであれば、満たされているかどうかは、誰がどこで何を基準に判断するのでしょう。

身体的、精神的な面にしても、健康か不健康を定義するのは、その道の医者でなければ確かな事は言えないだろうし、本人、周りが健康、不健康と判断するのは客観的には無理がありますよね。健康ではなく、元気かどうかは、自分も周りも判断できるとは思いますが。

職場での、特に高齢者の健康保持を気にかけてもらうことは、とてもありがたいですが、これも実際には個人差があるから難しいでしょうね。「高齢者すべての健康状態を把握し、その健康状態に応じて、職務の内容の質と量を決めるようにすればよい」とあります。「健康状態の把握」には健康診断を義務つけることである程度できるでしょうが、「その健康状態に応じて、職務の内容の質と量を決める」ことは本人の自覚や受け止め方に差があるだろうから大変だろうな、と思います。もしかして報酬も「仕事の質と量」に応じることになるのかな。

全くの素人なので、次々と疑問が浮かびます。それもきっと常識はずれな疑問と思いますが、きっと続編で答えがあるのだろう、と期待しています。




 

「高齢者の職場はヘルス・ファーストで」

 投稿者:吟遊視人  投稿日:2018年 5月10日(木)13時17分24秒
返信・引用
  職場環境についての短い解説ですが、「目からうろこ」という感じで読んでしまいました。
現役のころの職場環境を振り返ってみたり、ヘルスとセーフテイとの関連、普段なんとなく見過ごしてきたことなど、よく考えてみると、確かに言われているとおりですね。
つまりヘルス・アンド・セーフテイでヘルスが第一で、ヘルスの一部としてセーフテイがあること、まったくその通りです。

現役のころを考えてみると、倉庫や現場の作業場では、「安全衛生」というスローガンや張り紙をよく見かけました。ただ日本の職場では「衛生」というのは「職場環境を衛生的にしよう」という意味が含まれていたように思います。
「健康」というのは働く人個人個人が気をつけることで、管理者が職場へ健康のスローガンを持ち込むのは場違いな感じがしたものですが、この解説を読むと、欧米の方をなるほどと思わざるをえません。

高齢者の職場はヘルス(健康)第一でなければならない、というイマジンさんの主張は確かに「目にうろこ」ですが、WHO(世界保健機関)憲章の「健康」についての定義にも感心しているところです。健康というのが単に病気ではなく、もっと高い概念、ということは精神的な健康性というか、そんな意味もあるのでしょうか。
 

風薫る五月(28)(29)(30)

 投稿者:秋 たける  投稿日:2018年 5月10日(木)10時44分36秒
返信・引用 編集済
   円覚寺は境内の何処を歩いても新緑にあふれていました。5月8日、撮影
 写真上 山梨から来たという修学旅行の中学生
 写真中 仏殿の裏のカキツバタ
  写真下 在家修行者がこもる居士林も新緑のなか
  
 

反戦短歌(84)

 投稿者:秋 たける  投稿日:2018年 5月10日(木)10時09分54秒
返信・引用
   兵隊に取られたといひ誰ひとり取ったといはぬ戦後なりき   厚木市   櫻田 稔
 2015年3月23日「朝日歌壇」選歌

 

かわいい犬と猫の絵

 投稿者:o-chan  投稿日:2018年 5月 9日(水)21時47分13秒
返信・引用
  本当にかわいいですね。飼い主の愛情が絵にあふれている感じがします。

私もパステルでよく動物を描くけれど、レベルの差がよくわかります。ただ、下手でも可愛く描ける時があり、それで満足、満足。

最近は静物や風景に挑戦していますが、かわいさでごまかせないだけ、下手ぶりがもっと顕著に見え、がっくりすることが多いですね。
 

風薫る五月(25)(26)(27)

 投稿者:秋 たける  投稿日:2018年 5月 9日(水)14時25分47秒
返信・引用 編集済
  私は昨日、埼玉の越谷から2時間かけてやってきた友人といっしょに新緑の、鎌倉の古刹
巡りをしてきました。写真は5月8日に写したものです。
 写真上 臨済宗・円覚寺派大本山 円覚寺の参道
 写真中 円覚寺白鷺の池
 写真下 山門の横で休む修学旅行のこども達
 

反戦短歌(83)

 投稿者:秋 たける  投稿日:2018年 5月 9日(水)13時40分25秒
返信・引用 編集済
   英霊は参拝よりも内外の安泰願っていると思う    村上市   加藤 五三子
 2013年5月20日「朝日歌壇」選歌

「靖国」を詠んだ歌は昨日に続いて2首目、英霊の願いは偏狭なナショナリズム
 を煽る政治的パフォーマンスとしての参拝ではなく、広く内外の安泰即ち世界
 平和であろう。
 

O-chanヘ、合評のお礼へのお礼

 投稿者:新風児  投稿日:2018年 5月 9日(水)11時30分57秒
返信・引用
  O-chan、恐れ入ります。合評のお礼に書いたつもりなのに、書きだしたら長々と脱線してしまいました。文章は簡潔に的を得て、が信条の私としたことが、お恥ずかしいい。

このところ外国からのお客さんが立て続けでしたので、次号の作品のアイデアさえも考えられない状態でした。
アントワープのチャイナタウンは今読み返すと、なんであんな事を書いてしまったんだろうと、悔やむことしきり。でも、若き時期の過ちとして続編を書くこともそう悪い事ではないと思っています。O-chanからいつもそういわれて、ついその気になってしまいます。でもいつ書き出すかは期待しないでください。
 

伊豆の池田20世紀美術館

 投稿者:吟遊視人  投稿日:2018年 5月 8日(火)23時52分46秒
返信・引用
  先週のゴールデンウィーク(と言っても、サンデイ毎日の身では、連休といえどあまり関係ありませんが)4日間伊豆へ行ってきました。若葉の季節で、いつもだったら小室山公園ではつつじが満開のはずですが、今年は暖冬だったために一週間ばかり早かったとのこと。「つつじ祭り」も例年のようにはいかなかったみたいです。

それで、近くの歩いていける距離にある「池田20世紀美術館」へ行ってみました。もう3,4回はいったはずですが、それでもピカソやルノアールなどの絵は何度見てもいいものです。

別室では伊豆に住むアマチュアの人が描いた動物や風景画が展示されていました。
O-chanが好きなわんちゃんと猫ちゃんの絵、この部屋からの外部風景です。
 

風薫る五月(22)(23)(24)

 投稿者:秋 たける  投稿日:2018年 5月 8日(火)20時32分0秒
返信・引用 編集済
   風薫る5月1日に歩いた江の島散策は今日でお開きにして、明日からこの春2度目の鎌倉の
名刹巡りの写真を載せます。今日の写真は5月1日に写したものです。
 写真上 江の島の断崖に茂る木
 写真中 亀ヶ岡広場のネモフィア
 写真下 サムエル・コッキング苑 
 

反戦短歌(82)

 投稿者:秋 たける  投稿日:2018年 5月 8日(火)19時55分48秒
返信・引用
   廃屋の靖国の家とう札のあり帰る人なく待つ人もなし  多摩市  志賀 きよし
 2015年3月23日「朝日歌壇」選歌        
 

私の合評お礼にお礼

 投稿者:o-chan  投稿日:2018年 5月 8日(火)11時18分39秒
返信・引用 編集済
  私がした櫻井さんの合評に対して、とても面白い楽しいお礼の文を書いて下さり、ありがとうございました。櫻井さん御自身の写真歴についてだけでなく、写真機そのものの変化、また最近の傾向についても、私のようななんたら音痴にも、なるほどと理解できました。カメラやスマホは私も一応その進歩について行こう、そうすることで、少しは若さが保てる、という変な錯覚から買ったはよいのもの、やっぱりさっぱり使いこなせていません。

また、モネの息子についての話も、とても面白かったです。確かに有名人、それも生存中に世界的に才能を認められた人を父に持つことは少なからず負担だったかもしれませんね。だからその遺産である絵もさっさと売りはらい、父のもう一つの遺産、庭の面倒をみることを嫌い、自分の好きなことに使ったのかもしれませんね。そういう人間をモデルにして小説を書いてみるというアイデアも悪くないかな。

櫻井さんはご自分の文章は映像に比べて劣る、と思っていらっしゃるようですが、そんなことはありません。文章も映像も自分の中の世界を描きだす意味では同じです。道具はあくまで道具で、どんなに上手く使いこなせるといっても、物をいうのは、心に響くのは、その中身だからです。

ぼちぼちアントワープに戻ってみませんか。
 

風薫る五月(19)(20)(21)

 投稿者:秋 たける  投稿日:2018年 5月 7日(月)16時02分28秒
返信・引用 編集済
   風薫る五月の江の島の眺望です。5月1日に撮りました。
 写真上 サムエル・コッキング苑で。写真の右前方に鎌倉の稲村ケ崎の岸壁が見えます。
 写真中 江の島灯台(通称:シ・キャンドル)に20分並んで昇り、素晴らしい眺望を
     楽しみました。
 写真下 写真の中央に境川、写真の右奥が片瀬海岸東浜、左奥が西浜です。
 

反戦短歌(80) (81)

 投稿者:秋 たける  投稿日:2018年 5月 7日(月)08時49分26秒
返信・引用 編集済
  己(し)の弱さ懺悔と記し書に挟み征きし友の小さな奥津城   土浦市  内田 亮三
2004年8月8日「朝日歌壇」選歌

宿痾の父兵役免れふるさとで正座して聞く玉音放送             入間市  角貝 久雄
2004年9月20日「朝日歌壇」選歌

戦死した友の墓に墓参すれば友の自省の書を想い、終戦の日を迎えれば、病気で兵役を
免れた父が、正座して終戦の玉音放送を聴いていたその姿を思い出してしまう。生き
残った者の戦争で受けた心の傷痕もまた生きている限り消えることはない。        
 

旅人様へ

 投稿者:トト  投稿日:2018年 5月 6日(日)22時00分1秒
返信・引用
  私の文章を読んでいただいて有難うございます。

このヘルスファーストの言葉は、20年前私がまだ現役の頃初めて雑誌に書いて主張しました。当時はまだ健康のことはそう大きな問題ではありませんでした。私が55歳で現役を去ったように、職場は壮年や若い人のものでした。有病者はもとより、病弱者や高齢者は職場にほとんどいませんでした。障碍者の雇用もようやく始まったばかりで、職場は健康な者で溢れていました。

健康であることは当然のことだったのです。しかし一部では、ようやく職場はそうではないのじゃないか、病者も障碍者も病弱者も、職場にいて当たり前ではないだろうか、ということがかんがえれ始めていました。

現在は全く事情が異なり、有病者が職場にいることは当たり前になりつつあります。大変いい時代になりました。
然し、高齢者についてはそうでないようです。まだ健康だったら働いて良いというのが常識のようです。高齢になって職場を去りたい人は去っていいでしょう、然し病気を持っていても働きたい人は大勢います。癌にり患していても働きたい人が大勢いるのと同様にです。

私はいま改めて、高齢者にとっても働きたい人が働き、高齢者にとって働いたら更に一層健康になる、という職場であってほしいと思って、こういう文章を書きました。

企業には高齢者が圧倒的に増えています。しかしまだ職場は壮年者を中心として健康保持の水準です。
高齢者にとっても、職場が健康であるようにしてほしいと願っています。
それが、この文章のわたしの目的です。
 

「モネの庭」旅人さん、O-chanさんの合評 

 投稿者:新風児  投稿日:2018年 5月 6日(日)16時25分34秒
返信・引用
  これまでに旅人さんの感想とかを余りお読みしたことが無かったので、今回の合評で「懐かしく、楽しく」読んで頂けたようでとても嬉しく思いました。ありがとうございました。

O-chanのご丁寧な合評、ありがとうございました。

私の写真人生は多分中学生の頃から始まったと思います。当時はカメラも高くて、とても手がでませんでしたが、それでも、どうやって写したのか憶えていませんが、白黒写真がアルバムに残っています。ミノルタのカメラを高校から社会人になった時まで使っていましたが、アフリカに駐在することになった時、ニコンの1眼を買ってアフリカ中を回っていました。そのカメラはベルギーで相当長く使っていて、望遠、魚眼、ズームレンズなど長い間使っていました。長女が高校生になってカメラに興味を持ちはじめたのを機会に全部娘にあげました。その頃からビデオ撮影のほうに興味を持ち、普通のカメラは長い間やめていました。ところが、日本でデジカメなる物が出た機会にニコンの最初のデジカメを手に入れました。画素数は本当に少ない物でしたが、色彩の描写力は今でも驚くほどの美しさです。前回53号の作品集にオランダチューリップ園キューケンホフの写真を2枚投稿しましたが、その時の画像ですのでご覧ください。ベルギーでは写真クラブにも属していましたので写真の良し悪しなどはみっちり勉強しました。ビデオか静止画化のどちらかに決めないと、二兎はとても追えません。西洋では歴史が長いので、写真家のレベルはとても高いのです。

でも、O-chanに私の写真を誉められて、とても嬉しく思いました。モネの庭へはiPad Proだけを持って、撮影しました。写真を撮る時も、大きな画面で確認でき、絞りの調整も画像を見ながら簡単に出来ますので、重いニコンやキャノンは旅行には持って行かなくなりました。それと、時代ですね~、現場からすぐにネットで配信や投稿できる利便さは堪らないです。スマホやタブレットのカメラもどんどん進化していて、日本の独壇場であったデジカメ産業も、次第にスマホに取られて行くでしょう。

O-chanが書かれた事。モネの亡き後どうして貧乏になったのかについてですが。画家は彼自身でだれか個人に売る訳ではなく、全て画商に渡され、その当時の正当な価格で支払われます。モネの絵のような作品は、後は画商から画商へと主に投機目的で売買、競売されて行きます。その価格はモネには何ら関係無く高値になっていきます。亡くなれば供給が無くなるわけですから当然価値はあがります。

モネの長男は父親が亡くなった後、相当な在庫の絵を全部売り払って、そのお金で探険旅行に出かけて行ったそうです。植民地政策時代は、金持ちはこぞってそうして海外で一攫千金を夢見てそのようにしていたようです。ところが、数年後、帰国して、交通事故で亡くなっています。金持ちの息子や娘は父親が汗水垂らして働いていた庭仕事なんてちゃんちゃら可笑しくて、放蕩に走る事はよくある事です。モネの庭は、再婚した女性の娘が相当長い間庭を守っていたようですが、歳とともに続けられるものではありません。
又、有名な画家の息子がいくら頑張っても、父親の作品と比較されて、全くウダツが上がらない事も事実です。事実、そのような息子に合った事があります。その話はまた別の機会に。

モネの庭の外にはレストランやカフェもあり、近くには美術館もあります。モネの庭自体を散策して満足するには3時間もあれば十分かもしれません。そのお庭で絵を描きたかったら、もっと時間がかかるでしょう。私はスケッチだけでした。午前中に入って、歩き回ってお腹がすくので、1時か1時半には出て、近くのレストランで食事をし、美術館に寄ってモネの弟子たちの絵を鑑賞してきました。モネの絵は入り口に只1つだけです。その写真は前回の作品集の中頃に掲載されてあります。

私は去年の秋に行きましたが、花の季節は何と言っても、4~6月が花盛りだと思います。夏は睡蓮の花を楽しめ、秋は紅葉があります。
4月1日から10月の終わりまで毎日、朝9時30分から18時まで開園。入園料は6ユーロです。この料金には隣接したジベルニー印象派美術館の入場料も含まれています。

モネの庭と呼ばれる庭が日本に数カ所あります。ネットで見る場合は「フランス、ジベルニーのモネの庭」と検索しないと、日本のモネの庭が出てきますので、ご注意ください。

O-chanも、ぜひ一度お出かけください。合評、ありがとうございました。


 

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