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初秋九月(65)(66)(67)

 投稿者:秋 たける  投稿日:2017年 9月24日(日)10時50分58秒
返信・引用 編集済
   去年、小出川の彼岸花を眺めた帰り道で、歩道の上に張り出した栗の木から落ちたのでしょう、大きな
栗の実を拾ったことがあります。そういえば、小出川の川べりにある柿畑の柿は、すっかり色づいて
いました。

 常泉寺の境内に咲く彼岸花を眺めたあと、例年訪ねている藤沢市の北部を流れる小出川の、岸辺に
植えられた彼岸花を眺めてきました。上流では川はまだ狭く、土手にはアジサイが混植されてい
ます(写真上)9月19日の撮影です。

 曼殊沙華あっけらかんと道の端        夏目漱石
 
 

秋の果物

 投稿者:吟遊視人  投稿日:2017年 9月24日(日)01時14分37秒
返信・引用
  うのたんさんの秋便りの果物の写真、ぶどう、栗、桃、どれもおいしそうですね。
私は特にぶどう、桃は大好きです。小さいころ、母の実家の農家には、ぶどうや桃がいっぱいなっていたのを思い出します。
今は、八百屋さんで時々買っていますが、高価ですね。
 

九月を撮る-3

 投稿者:うのたん  投稿日:2017年 9月23日(土)18時18分53秒
返信・引用
  引き続きぶどうと栗(姫路)をご覧ください
写真上:山梨ぶどうを拡大で撮ったもの
写真下:家内の妹(姫路)が送ってくれた栗(山梨より大きいです)
 

九月を撮る-2

 投稿者:うのたん  投稿日:2017年 9月23日(土)18時05分2秒
返信・引用
  実りの秋
先日、娘達が山梨に行って写した写真を投稿します。秋はぶどう、栗、柿などこれから果物が楽しみです。いつもお見せするばかりで済みません。
写真上:山梨の桃、とても甘く美味しかったです。
写真中:沢山のぶどうが下がっています。
写真下:栗(少し小ぶりですが)
 

戦災孤児 ?青木洋子さんのことーを読んで

 投稿者:うのたん  投稿日:2017年 9月23日(土)15時39分26秒
返信・引用
  オリエさん
ご両親と妹さんと一家4人、幸せに暮らしていた青木洋子さんが戦争による空襲から難を逃れる為に祖母のいる静岡へ疎開するも静岡も空襲が酷くなりご両親も妹さんも亡くなるという戦争の悲惨さ、非情さの犠牲になる。子供ながらも『何で私がこのような酷い目に遭わなければならないのか』と思った事と推察します。戦争は非道にも何の罪もない女性や子供さんが真っ先に犠牲になる、憤りと悲しみがこみ上げてきました。
この非情な経験をされた青木洋子さんが現在もお元気でご存命されている事を願いつつ拝読しました。
昭和20年3月10日の東京大空襲の記録の映像や写真も何度も観ましたが米B29は無差別に焼夷弾爆撃を行いその犠牲者は約10万人以上と聞いています。戦争はお互い犠牲が出ると軍事施設と一般市民居住区の区別さえなくなるのが怖いものです。
この作品を拝読しながら私の戦時中、戦後のことも思い出していました。昭和19年6月、当時北九州の小倉に住んでいましたが最初の空襲は敵機コンソリーデーデットB24でした。また小倉の造兵廠からの高射砲の炸裂音、二本の探照灯の光の中にB24が悠々と跳んでいる光景、数日後、次の空襲はB29でこれも真夜中の空襲で数千m?からの500k爆弾の落ちて来る『ヒユーン』という音、近くに爆弾が落ちズシーンと言う音とともに口の中が砂でジャリジャリになり、その後、静寂がありやがて爆風が吹いて来る、物やガラスが飛び散る音、しばらくすると雨が降って来たなどなど思い出しました。夜が明け恐る恐る防空壕から外に出ると電線に女性の髪の毛が巻き付き、2階建ての破壊されたガレキの中から中学生の死体が出て来る等・・・。いろいろな当時の光景が思い出されました。戦争は絶対に起こしてはならない、ましてや今はミサイル時代、どちらも破壊され昭和とは又桁違いの犠牲者が出ると思われます。
オリエさんの『戦争はだめだ。戦争はいやだ!』全く同感です。
 

初秋九月(62)(63)(64)

 投稿者:秋 たける  投稿日:2017年 9月23日(土)15時26分42秒
返信・引用 編集済
  今日はお彼岸の中日、快晴であればダイヤモンド富士が見られるのですが、西の空に雲がかかっていて
見られそうもありません。今日も常泉寺(大和市)の石仏と彼岸花をご覧ください。9月19日に写しま
した。

 曼殊沙華憤怒してゐる美しく大和国原滅びの最中      落合けい子
 

北島さんの写真とコメントをブログに

 投稿者:o-chan  投稿日:2017年 9月23日(土)10時29分36秒
返信・引用
  今日から228日まで北島さんの合評です。羨ましい楽しげな大家族の写真が入りました。お母様は残念ながら先日亡くなられましたが、本当に人見知りをなさらない、お話好きなお母様で、何かのおりに数回お目にかかりましたが、年をとる上で、よい見本になられる方だなあと思ったものです。

竹内(オリエ)さんですが、筒井さんが連絡してくださり、その後私もメールしたのですが、お返事がなく、写真もコメントも入らないまま合評が終わりました。心配になって先ほど電話をしたところ、お元気でしたので、皆様ご安心ください。パソコンを開けることが少なくなったそうです。このごろはなんでも携帯で用が足りるので、そういうこともあるでしょうね。
 

ちょっと休憩させていただきます。

 投稿者:エラ  投稿日:2017年 9月23日(土)09時49分20秒
返信・引用
  明日の日曜日には私が引っ越すため、言の輪の提示版からちょっと休憩します。「ピーターの岩」の合評を書いたみんなさんをありがとうございます。今興味深いコメントを読んでいます。お礼は引っ越しが終わったら書きます。よろしくお願いたします。  

初秋九月(59)(60)(61)

 投稿者:秋 たける  投稿日:2017年 9月22日(金)09時14分42秒
返信・引用
  今日も花の寺・常泉寺詣でにお付き合いください。9月19日の撮影です。
門入りてかくありたしと花浄土  文雄  ホームページから

写真上 曹洞宗を開いた道元さんと女郎花
写真中 石塔と薄の穂
写真下 本堂の屋根と萩の花
 

秋さんへ

 投稿者:吟遊視人  投稿日:2017年 9月21日(木)23時17分20秒
返信・引用 編集済
  いやあ、すごい。私も朝日歌壇は努めて見ていますが、さすが秋さんらしく印象的な反戦歌はノートとされていたわけですね。
私もこの短歌はアベゾー批判に引用できるなと思われるのは時々手帳に書き込んではいますが、こんなにはないですね。
これからもいい短歌があれば紹介してください。
 

「戦災孤児―青木洋子さんのこと―」を読んで

 投稿者:秋 たける  投稿日:2017年 9月21日(木)22時00分38秒
返信・引用 編集済
    戦時中、戦争で父親を亡くしたこどもが大勢能登に疎開し、親類の離れなどを間借りして生活をして
いました。けれども住まいはあっても耕す田畑があるはずもなく不安定な、ひもじい日々だったこと
でしょう。私の親友もその一人、幸い父親の親元に建ててもらったのでしょうか、2間続きの平屋建て
に住んでいました。学業優秀にして眉目秀麗、絵と書、スポーツにも秀でる万能でしたが、進学せず、
役所に勤めて一生を終えました。2009年8月に会ったのが最後になりましたが、その境遇も晩年に罹
病した癌をも恨むことなく、昨年秋、他界しました。
 少年の夢の語らい尽きざるに秋の日無情早や沈みゆく

 私は、オリエさんの親友青木洋子さんやわが親友のU君の境遇を生んだ戦争を憎んでやみません。
そして今、安倍政権はその戦争に向かおうとしているのではないか、何としてでもそれだけは阻み
たいその思いでいっぱいです。
 書き留めて置いた反戦の短歌の一部を披露します。

 給油受け出航し行く艦船の行方も行動も我らは知らず
 2007年12月3日朝日新聞「歌壇」選歌        桶川市 北久保 勝也

 闇ふかき戦中戦後をにないきて「後期高齢者」蔑(なみ)さるるはや
 2008年4月21日「朝日歌壇」選歌           山口市  弘津 敦子

 機窓から雪野の起伏見つづけぬシベリアに飢えし叔父たちの群れ
 2010年2月1日「朝日歌壇」選歌          長野県 水掛 喜久男

 居丈高に国威発揚呼ぶ声を不躾ながら懐かしく聞く
 2013年5月12日「日経歌壇」選歌          上田市  関 文彦

 戦争を放棄したとの校長講話裸足で聴きしかの日忘れず
 2013年6月9日「朝日歌壇」選歌          横浜市  米田 弘子

 失って初めて気付く宝物失う前の憲法九条
 2013年7月8日「朝日歌壇」選歌          岡山県  丸山 敏幸

 政権を取り戻したる亢(たかぶ)リに九条改正あからさまに言ふ
「短歌・コスモス」2013年十月号               杜澤 光一郎

 戦争はかかるプロセスとりながらくるものなのか昭和史おもう
 2014年1月27日「朝日歌壇」選歌          静岡市  篠原 三郎

 比島より父は遺骨で帰りしか千島を拝す靖国を背に
 2014年2月17日「朝日歌壇」選歌         宇都宮市  鈴木 孝男

「決められる政治」が決めた秘密保護法、辺野古埋め立て、靖国参拝
 2014年2月17日「朝日歌壇」選歌         西海市   前田 一揆

 積極的平和で敵を殺すより消極的でも非戦を選ぶ
 2015年2月2日「朝日歌壇」選歌         西海      前田 一揆

 日本語の乱れ止まらず加速して「平和のための戦争へ」行く
 2015年6月22日「朝日歌壇」選歌         清水市   水辺 あお

 懲らしめる「悪いマスコミ」その昔「暴支膺懲」「鬼畜米英」
 2015年7月20日                  横浜市  赤坂 武雄

 三百万以上の死者の戦争を七十年で清算をする
 2015年9月7日「朝日歌壇」選歌         松戸市 をがは まなぶ

 総理大臣からその国を守らねばならないといふこの国の危機
 2015年9月7日「朝日歌壇」選歌          岡山市   梶谷 基一

「一億」の標語が踊る戦前の苦い記憶を忘れるなゆめ
 2015年11月8日「朝日歌壇」選歌         秋田市   小松 俊文

 

戦災孤児―青木洋子さんのこと―を読んで

 投稿者:吟遊視人  投稿日:2017年 9月21日(木)21時36分30秒
返信・引用 編集済
  なんだかじ~んと心に響くような話ですね。私が本文を読んで、なんともいえない哀しみの感情に襲われたわけですから、オリエさんにとっては親しかった友人のことゆえに、もっともっと身近に哀しみを共有されたことでしょう。

特に洋子さんが疎開していた静岡での空襲での家族の悲劇は痛ましく、残酷なものです。洋子さんは孤児となり、叔父に引き取られて、中学校という義務教育さえ受けられない境遇になられたこと、戦後の厳しい世情と環境を知る思いです。
その後オリエさんはずっと洋子さんを気遣いながら過ごし、数年後に歌のうまい洋子さんがお祭りの日に開かれた素人のど自慢大会で彼女が登場し、歌うのを観られたとはちょっとドラマテックですね。

そして今はお互い81歳となり、オリエさんは洋子さんのことを懐かしく思い出されます。同時に戦争への怒りが心からこみあげ、「戦争はだめだ、戦争は嫌だ」という、オリエさん自身の人生の総決算みたいな感慨で終わります。

うのたんさんや秋さんのように、戦争の非人道性を直接知り体験なさった方が次第に減少しています。戦争を知らない世代が、あたかも歴史上の戦国時代みたいな、あるいはテレビドラマの一つのシ~ンみたいな感覚でとらえてしまう風潮があるのを懸念しています。

それに今は、戦争政策に邁進する、あのとんでもないでたらめなアベゾーが首相という最大の権力者となっています。
この男が存在する限り、私もあらゆる機会を利用して「戦争はダメだ、戦争は嫌だ」と繰り返して叫ぶつもりです。
 

オリエさんの作品の読後感

 投稿者:浪速びと  投稿日:2017年 9月21日(木)20時22分42秒
返信・引用
  オリエさんはこのところ、穏やかな口調で身近な話題から反戦の心を訴えられています。それだけにしみじみと人に訴え、平和を願う気持が実感として伝わります。
私たち市民のこの声が力として為政者に届かないもどかしさを感じ、腹立たしく思う人は世界中にたくさん居るでしょう、なのに戦争の悲劇は繰り返されています。そして戦争に向かうことをなんとも思わない為政者が世界のあちこちにいることが私を絶望的にさせます。
戦争の悲劇を知る作者だからこそ、自分が訴え伝えることが自分のなすべきことだと思われているのではないかと思います。

今回のオリエさんの作品でふとこれまでの交友を思いました。これまでの人生、その時々に友人が居て交遊を楽しんだけれど、今全くと言って良いほどその交友は途絶えています。どこでどうしてそうなったのだろう。
オリエさんの言葉にあるように、皆それぞれに年老いて、それなりの人生の重みを感じながら幸せに暮らしをしていると思いたい、そして私も思い出す友人がいればそう思ってもらいたいもんです。
 

初秋九月(56)(57)(58)

 投稿者:秋 たける  投稿日:2017年 9月21日(木)11時48分6秒
返信・引用
  今日も大和市にある常泉寺の境内に咲く彼岸花です。9月19日に撮りました。  

「戦災孤児 -青木洋子さんのことー」を読んで

 投稿者:エラ  投稿日:2017年 9月21日(木)03時33分48秒
返信・引用
  オリエさんの「戦災孤児 -青木洋子さんのことー」を、泣きながら読みました。オリエさんの綺麗な簡潔な文章で洋子さんの苦しみが私は強く感じることができました。でも読み終わったら、胸の中の悲しさは無くなり、すぐ怒りに変わりました。「戦争はだめだ。戦争はいやだ!」それなのに、昨日、このアメリカのエセ大統領が、国連機会の前で「 We will totally destroy North Korea」というように威張りました.  もしそうすれば、殺されたのは確かにKim Jong-unではなくて、北朝鮮の一般の人々の100万人です。それだけではなく、アメリカの心も、アメリカのいわゆる偉大も破壊されると思います。残念な事です。  

初秋九月(53)(54)(55)

 投稿者:秋 たける  投稿日:2017年 9月20日(水)20時05分12秒
返信・引用 編集済
  今日はお彼岸の入り、例年この時期は彼岸花を紹介していますが、昨日・19日、大和市の花の寺・常
泉寺の境内の彼岸花と藤沢市の引地川の土手に咲く彼岸花を観てきました。

 常泉寺の創建は1590年、ご本尊は聖観音菩薩、曹洞宗のお寺です。境内には羅漢(写真上・中)や
道祖神、それに昔ここに立てられていた寺子屋・桃蹊学舎の碑(写真下)などが所狭しとばかり置かれ
ていました。彼岸花という花はその名の通り「彼岸」に咲いていて、仏さんたちを荘厳しているので
しょう。石仏によく似合います。
 

MAYFLOWER

 投稿者:浪速びと  投稿日:2017年 9月20日(水)19時50分19秒
返信・引用
  MAYFLOWERという名の花があるとは思いませんでした。
エラさんの投稿を手がかりに色々調べましたが、実に不思議な花です。いったいどんな花をMAYFLOWERというのかが、はっきりしないのです。いろんな名前があって「これ!」と決まっていないようです。花の名前は日本でも別名を持つものは結構あるのですが、それとはちょっと違うようです。

イギリスではMAYFLOWERといえばサンザシ、カナダのMAYFLOWERも同じようにサンザシで、赤毛のアンにはサンザシという花がよく出てくるとのことですが、熱中して読んでいたのに山査子(さんざし)の記憶がありません。
エラさんのお話のマサチューセッツ州花であるMAYFLOWERは日本名ではイワナシと言うそうです。別名をTRAILING ARBUTUSとも言うようです。
そしてどれも大体同じような花を指しているように思います。

日本では山査子と言えば、北原白秋の「この道」が頭に浮かびます。
♪あの雲もいつか見た雲 ああ そうだよ 山査子の枝も垂れてる
 

富士山の傘雲

 投稿者:うのたん  投稿日:2017年 9月20日(水)18時51分27秒
返信・引用
  九月を撮る-1
9月16日(土)~24日(日)にかけ娘の友人が佐賀県より上京、娘宅に滞在、この間を利用して17日(日)、18日(月:祝日)にかけ娘と友人、家内と息子(運転)の4人で
山梨へぶどう狩りへ行きました(車は5人乗れますが私が留守番トホホ)、17日は早朝出発、まだ台風18号の影響は少なく山梨を楽しんだようです。ホテル宿泊、夜中に風雨が強かったそうですが翌朝はすっきり晴れmホテルの窓から富士山にかかる傘雲や富士山が観られその様子を娘が撮った写真を投稿します。
写真上・中:傘雲が頂上を覆ている。
写真下:雲が亡くなり不意さんの頂上がはっきり見えます。
 

合評のお礼(1)

 投稿者:エラ  投稿日:2017年 9月19日(火)22時37分30秒
返信・引用
  みんなさんの合評をありがとうございます。答えは少しずつしようと思います。先ず、浪速びとさんのアオカケスについての質問。アオカケスはからすとはあんまり似ていません。体はからすよりも小さいし、姿も違います。Cornell大学が鳥についてのウェブサイトを管理しています。そのURL は:https://www.allaboutbirds.org/guide/Blue_Jay/sounds
そこでアオカケスの写真がありますし、「Calls」と言うところで、その鳴き声も聞こえます。いろいろな録音がありますが上から三番目の「call」は私のよくしてるアオカケスの鳴き声です。私にはこの鳴き声は悲しさよりも警報のような音です。それにしても、浪速びとさんの解釈がとても面白いと思います。やっぱりこの小説にはアオカケスが大切な人物ですね。

あとは、浪速びとさんは花に興味があるそうですので、「Mayflower」という花の写真のウェブサイトのURLも、どうぞ: https://statesymbolsusa.org/symbol-official-item/massachusetts/state-flower/mayflower
あんまり見かけない野の花ですがMassachusetts州の「州の花」です。
 

初秋九月(50)(51)(52)

 投稿者:秋 たける  投稿日:2017年 9月19日(火)20時09分54秒
返信・引用 編集済
   去る8月11日、最後にもう一度、氷川丸の雄姿(写真上)を眺めてから大桟橋前の開港広場(写真中)の
前を通り、海岸通りから日本大通り(写真下)を抜けて、関内駅にもどりました。今度、この日本大通りの
イチョウの黄葉を眺めるのが楽しみです。

 今日、大和市にある常泉寺と藤沢市の小出川のヒガンバナをたくさん撮ってきましたので、明日から
載せます。
 

『ピーターの岩』を読んで

 投稿者:うのたん  投稿日:2017年 9月19日(火)15時15分47秒
返信・引用
  エラさん
最初にエラさんの作品(英文)を翻訳されたO-chanさんに感服します。有難うございます。

この作品は二つの声として語られています。
◎ 最初の声では従兄弟のラッセル・バレンタインに連れられクリスマスツリーの木を切る為に樹林に入ったがそこでラッセルにピーターの岩の事を教えてもらう。
300年も前の事、英国軍がピーター酋長を捜している事、ピーター酋長は身を固くして息を 潜めていたことなど300年前のこがこの文章でよみがってくるようです。
ラッセル・バレンタインはメイフラワー号でアメリカに移住して来た子孫である事。移住民と原住民との殺戮の歴史。この短い文の中に300年前の歴史的な事がみっちり書かれている。
◎ 第2の声ではピーターの岩からその歴史を語ってくれる。平和に暮らしていた部族がイギリス人に寄って迫害を受け多事実をピーターの岩から聞こえてくるようです。
この第二話にでてくるアオカケスはアメリカ、カナダ、メキシコのみに住む撮りで
渡り鳥ではなく相当鋭い鳴き声をするようです。この声でイギリス人が来た事を知ったのかも知れません。
 この短い作品の中に300年以上前の事がついこの間の出来事のようにも思えてな
 りません。それはえらさん独特の歴史へ描写の上手さだと思います。
 

今日からオリエさんの合評

 投稿者:o-chan  投稿日:2017年 9月18日(月)23時35分51秒
返信・引用
  まだ写真とコメントはいただいていませんが、今日から22日まで竹内さんの合評です。戦争の記憶が薄れていく中で、オリエさんの作品はいつもとても愛おしいですね。  

「ピーターの岩:二つの声で語られる物語」を読んで

 投稿者:秋 たける  投稿日:2017年 9月18日(月)14時11分41秒
返信・引用 編集済
  私は、最初にOchanさんの翻訳で粗筋を押さえてからそのあとで安心して、ゆっくりエラさんの折り目
正しい英文を読み返しました(現地でよく耳にしたスラングや俗語は使われていません)。読み終わって
1粒で2度、美味を味わったような気分になり、ストーリーの構成、展開の仕方もよく練られていること
に感心しました。

最初の声(作者のエラさんの声)が、狂言の太郎冠者のように舞台の中央に登場し、「やあやあ我こそ
は、この辺り住まいいたす者でござるが…」と身元を明らかにした上で、物語の舞台を紹介します。そし
て12月の初め、クリスマスツリーを切りに行って出会った「悲劇」について、諄々と語り始めます。
場所はニューハンプシャ州、主人公はその「ピーターの岩」の命名の元のピーターです。ピーターは、
300年の昔、この辺りに住んでいた先住民・ペナック族の酋長ですが、彼はヨーロッパから来た入植者
たちに平和の夢を破られ、心ならずもフレンチ・インデアン戦争に巻き込まれて非業の死を遂げる、その
舞台となった岩でした。最初の声で悲劇の舞台の紹介が終わると、第二の声でピーターの魂が、入植者や
英国軍人の裏切りに遭って憤死した経緯、なぜ死んでも魂が救済されないのか、仏教的にいえば成仏でき
ないのかそのかけを陰々と語り始めます。なぜ恩を仇で返すのかと侵略者とその末裔に糺しながら…。

 あなた達の祖先、ピルグリム・ファーザースが1620年の秋、メイフラワー号で東の方から大西洋を
渡りプリムスに着いたとき、私たち先住民は敵対することなく、快く食べ物を与え歓迎しました。その後
もあなた方が不作で飢饉にみまわれた年は、私たちが手助けをしてあげました。それに対してあなた方は
私たち招いて、感謝の宴を開いてくれました。それが今でも「感謝祭」の祝日となり、綿々と現在までと
いています。元を糺せば、あなた方自身、英国教から逃れてきた宗教難民でないですか。その差別された
反省からか、あなた方の祖先は、メイフラワー号から下船する前に、この新天地では良き秩序を維持し、
公平な自治政府を作ろうと誓い「メイフラワー盟約」に署名しました。その「万民」平等の精神は独立宣
言にもひきつがれています。「すべての人間は生まれながらにして平等で あり、その創造主(自然神)
によって、生命、自由、および幸福の追求を含む不可侵の権利を与えられている」と認め、その考えに
立脚しこの国を建てました。
 でも、この300年余りの間に万民に平等な、理想の国を創ることができましたか。あなた方は入植後、
私たちに何を与えましたか。フレンチ・インデアン戦争では我々先住民を敵味方に分けて戦争に巻き込み、
余分な武器を与えて殺し合いをさせました。病気を持ち込み、アルコールを持ち込み、多くの酔っ払いを
生みました。それとは逆に、あなた方は我々から土地を奪い、狭い痩せた土地に強制的に移住させ、そこ
に押し込めました。アフリカからは無辜の民を奴隷にして強制的に働かせました。表向きは奴隷は解放さ
れましたが、人種差別という皮膚の色による差別は続いています。外に向かっては今も「宗教」戦争を
続けています。

 私はこのピーターの声を聞きながら、何度か訪ねたことのあるプリムス、メイフラワー号(レプリカ)
を思い出しました。21世紀に生きるアメリカ人も、あの小さな船で大西洋を渡り、プリムスに上陸した
父祖の誓いにを思い出してほしいものです。今も、ペナック族の酋長ピーターの他に、数えきれないほど
のピーターが今も声を上げず、悶々と生きていることでしょう。そう、ピーターの嘆きを真っ先に聴いて
ほしい相手はパリ協定から離脱し、内向きな白人至上主義とアメリカファーストを掲げ、メキシコとの間
に壁を作ろうとしているトランプ大統領でしょう。元をたどればこの大陸はピーターなど先住民の土地で
した。写真は1971年10月26日に訪ねたプリムスプレンテーション。     2017年9月18日書く。
 

エラさんの合評

 投稿者:o-chan  投稿日:2017年 9月18日(月)00時13分34秒
返信・引用
  最初は作者自身の経験で、従兄弟が買った農場へ、クリスマスツリーを取りにいった時です。クリスマスは日本のお盆と同じに家族が一同に会する行事だけれど、この年はエラさんご一家は従兄弟の家で祝ったのでしょうか。
ツリーを切りに農場に行った時に従兄弟が案内したのがピーターの岩だけど、この岩のエピソードはどのような形で伝承されたのでしょうか。この農場を買った時に前の持ち主から聞いたのかもしれませんね。もしかしたら、そのために買ったのかもしれませんね。農地でありながら、結局農業には手を出さなかったのだから。こういう曰くのある岩だと、日本人はきっと柵で囲って経緯を書いた木の立て札をたてるでしょう。

従兄弟と会ったのはこれが最後、とあるけれど、エラさんは何がきっかけで思い出されたのでしょう。従兄弟を思い出すとピーターの岩を思い出す、という風だったのでしょうか。もう定かではない思い出の中で、この岩はしっかり記憶に残っているようですね。

第二の声はピーターで、先住民(どんな呼び方がよいのか分かりませんが)の悲劇を物語っています。日本のアイヌや琉球の方達に対してと同じく、多分どの世界でもこういう悲劇は起こっているのではないでしょうか。
西部劇では愚かで野蛮なインディアンとして描かれる事が多かったけれど、マーロン・ブランドを筆頭に、差別を訴える運動が起こり、西部劇は下火になったそうですね。

私がいたオクラハマにもインディアンの人たちはいて、友達にもいました。鷲鼻で色は浅黒い女性でしたが、可愛かったですよ。当時は保護政策とかで大学に入りやすく、奨学金も出してもらえたようです。今はどうなんでしょうね。確かチェロキーだったと思います。

いつもながら、情緒溢れる、余韻がたっぷり残る書き方で、本当に楽しんで読みました。


 

初秋九月(48)(49)(50)

 投稿者:秋 たける  投稿日:2017年 9月17日(日)14時21分52秒
返信・引用 編集済
  台風18号が今朝、鹿児島に上陸し、各地に強風と大雨の被害が出ています。心配です。この先、やや北寄りに
本州を縦断するとの予報もありますが、これ以上、被害がないように祈りたいものです。

 去る9月11日、氷川丸をみたあと、園内の木立のなかを歩いてみました。
 写真上 山下公園の花ミズキも初秋らしく、少し色づいていました。前方にポートタワーが見えます。
 写真中 小道の途中に、大きな輪っかが置かれていました。自然を円形で区切って眺めてみるのも
     非日常的でおもしろいですね。
  写真下 写真中央のやや左寄り、大木の枝の下にランドマークタワーのてっぺんが薄く見えていました。
 
 

合評の前に

 投稿者:o-chan  投稿日:2017年 9月16日(土)21時32分30秒
返信・引用 編集済
  合評に入る前に、翻訳した時に感じたことを書いてみましょうか。エラさんの作品は今までも数回訳させていただきましたが、難しかったり間違ったりはしても、どの作品もとても楽しみました。ところが、今度の作品は久しぶりだからかもしれないけれど、とてもやりにくかったです。形としては、一文が結構長く、この単語がかかっているのがどこからどこまでなのかも、間違いなく読み取るのに時間をかけ、次に正しく日本語に訳したとしても、それがなめらかで読者にとって読みやすくわかりやすい文になっているかどうかにも、時間をかけました。結果として、出来上がってからも、間で日や時間をおいて、初めてみる読者としての目で数回読み直しました。同じ目で読み慣れてしまうとその不自然さがわからなくなってしまうのですね。

翻訳は昔仕事として随分やりましたが、原作者に感情移入するのが一番大事です。どのように作者の気持ちが動いているのか、ほとんど作者自身になって訳します。もちろん今は私の翻訳力もすっかり錆びついていて、エラさんに満足してもらえるかどうか。久しぶりに仕事をした気がします。

blue jay は日本語ではアオカケスですが、日本で見られる鳥ではありません。アメリカではよく見られ、私のいたオクラハマでも沢山いました。印象は大きめのセキセイインコのような感じです。青い羽で綺麗ですが、声がとても悪く、jay という名前はその鳴き声からきたと言われるくらい、ジェージェーと大きな声で鳴きます。鳴き声はオナガに似てるかな。日本ではあまり色が鮮やか鳥はいませんが、オクラハマでは他に red birdという鳴き声も可愛い赤い鳥もいたし、嘴が黄色いblack birdもいましたね。カラスは色や大きさ、格好などは国によって随分違いがありますね。


 

初秋九月(45)(46)(47)

 投稿者:秋 たける  投稿日:2017年 9月16日(土)15時03分11秒
返信・引用 編集済
  氷川丸を見ると、戦時中に沈められた民間の戦時徴用船の悲劇を思い出します。写真中は、山下公園から
戦時生き残りの氷川丸と平和な港を眺める人たち。

 (前略)海運会社の商船は国家管理となり、日本軍の作戦に沿って兵舎武器、軍需物資の輸送にあてられ
ました。船員もともに動員され、十分な護衛もないまま、危険な海域での任務を強いられた。(中略)神戸
港のそばにある「戦没した船とは海員の資料館」によると、戦争中、7千隻の民間船舶が失われ、戦没した
船員は約6万600人。船員の死亡率は推計で43%にのぼり、2割ほどとされる陸海軍人をうわまわる擬声を
うんだ。(以下略)2017年8月26日づけ朝日新聞社説から。
 

「ピーターの岩」の読後感

 投稿者:吟遊視人  投稿日:2017年 9月15日(金)23時40分31秒
返信・引用
  これまでのエラさんの創作はどこか幻想的で小説家の故高橋貴子さんの著作のような難解さと非現実感を味わっていましたが、今回の「ピーターの岩」は歴史性もあり物語性もあり、読み取るのも容易で、大変面白く読ませてもらいました。ひとつは(浪速びとさんも言われていたように)O-chanの訳文がとてもよかったからでしょう。

「二つの声で語られる物語」と副題にあるように、最初の声は「私」がニューハンプシャーの農園を買った地質学者・ラッセル・バレンタインに連れられて「ピーターの岩」へ行き、この岩にまつわる事実や経緯を知るところから始まります。
「私」たちの先祖であるバレンタイン家は、メイフラワー号でアメリカにやってきた人々の子孫であり、その子孫の一人である「私」が「ピーターの岩」という歴史的遺物の由来を知ることになります。
その土地に住む原住民とよそからきた侵入者・外国人との間で摩擦や闘いが起きるのはどこの国でも必然ですが、原住民のペナクック族の酋長であるピーターにとっては部族の安全と団結、住み慣れた土地の維持は、自らの命を賭けての義務だったのでしょう。
アオカケスの泣き声などに象徴されるように、300年前の当時を見据えるような現在の情景描写はよく描けていると思います。
ただ「ピーターの岩」についての説明は「ピーターが隠れていた岩」というだけで「歴史的出来事の沈黙の証人」であれば、少々説明不足といった感じを受けました。紙数の都合にもよるのでしょうが。

「第二の声」では、ピーター酋長の声で当時の状況や心境を述べています。作者の想像力のなかでのピーター酋長のつぶやきでしょうが、なかなかの臨場感があります。
ピーターの感情の起伏やフランス人や英国人の侵入や略奪が簡潔な文章のなかにうまくまとめられています。
先の「最初の声」で「ピーターの隠れていた岩」の説明不足を感じる、と
私は書いてしまいましたが、作者(エラさん)は、ピーター酋長の思いやくやしさのなかに感情移入することで、この「岩」に秘めたピーターの無念さを強調し、そのあとの世代へ、原住民の声の代表として主張されたかったかもしれません。この声のため「歴史的な出来事の沈黙の証人」ということの真実性を逆説的に表現されていると言えるかもしれません。

この「第二の声」、つまりピーター酋長が岩のなかから発する声は、最後のページの著述で「魂の叫び」と言えるほどの執念を感じることができます。作者の表現力の秀逸さによるのでしょう。

また読後感の一つとして、イマジンさんが書かれていたことと似ていますが、「アイヌ物語」を思い出しました。
学生時代、4年の冬にリュックとシュラフを担いで、北海道をぶら~っと一か月ぐらい回ったことがあります。その中で是非行きたかった場所として旭川近くのアイヌ部落がありました。そしてアイヌの古老たちの話を聴くことができました。原住民であったアイヌ人やアイヌの土地を明治政府は強権を持って殺戮し強奪していった話でした。このエラさんの創作の内容にどこか符合するところがあって、当時の話を思い出したものでした。
 

初秋九月(42)(43)(44)

 投稿者:秋 たける  投稿日:2017年 9月15日(金)10時18分28秒
返信・引用 編集済
  今日は、初秋の山下公園に咲くバラ三景です。写真下は横浜ポートタワー。9月11日に撮りました。
                          
 

イマジンさんの読後感に触発されて

 投稿者:浪速びと  投稿日:2017年 9月14日(木)20時37分59秒
返信・引用
  私もエラさんの話を読んで、アイヌのことを思いました。アメリカではインディアンの先祖を持つことに誇りを抱いていると何かで読んだことがあります。実際はどうなのでしょう。

昔のテレビドラマで「シャイアン」というのがありましたね。あの頃(中学校か高校?)テレビでは西部劇全盛でした。なんと言ってもローレンローレンの歌が懐かしいローハイドは、サントリーがスポンサーで、京都に向かう列車が山崎を通る頃列車の左手の山裾にサントリーの建物が聳えて、あれを見るとローレンローレンとなったわけです。西部劇は大体がインディアンと闘っていましたが、「インディアンは嘘付かない」という台詞が心に残っています。インディアンはインディアンとしての矜持を保っていたと思います。

話が脱線、中学時代?に読んだ「コタンの口笛」という児童文学をイマジンさんの投稿で思い出しました。アイヌの中学生のきょうだいが差別と闘う物語でした。アイヌの人たちも虐げられながらもアイヌとしての出自に誇りを持っていました。子供心に感動しました。
イマジンさんの投稿で色々思い出し、あっちへフラフラ、こっちへフラフラの投稿になりました。
 

初秋九月(39)(40)(41)

 投稿者:秋 たける  投稿日:2017年 9月14日(木)10時31分40秒
返信・引用 編集済
  山下公園を散歩する時、いつも真っ先に氷川丸に足が向いてしまう。戦前、戦中そして戦後のこの国の
移り変わりを見て来た生き証人である。これまで数えきれやないほど写真を撮っているのに、この日も
一期一会、アングルと距離、それに前景に花を置いて数枚撮りました。何回かにわけて掲示しますので、
初秋の横浜山下公園を楽しんでください。                  9月11日写す
 

「ピーターの岩」読後感

 投稿者:イマジン  投稿日:2017年 9月13日(水)19時51分46秒
返信・引用 編集済
  エラさんのお父様方のおじいさまは若いころ西部を旅し、インデイアンとの交易所でも働き、その時のお土産である銀の腕輪を、エラさんは大事に身に着けておられたと、かつて書いておられたように記憶します。

今回はお母様方のお話しで、お母様方のご先祖はメイフラワーでアメリカに行かれた方で、お母様方は、アメリカでも最も古い家系の子孫でいらっしゃるらしい。

荒野の西部を放浪したお父様方の、いかにも開拓者魂の権化のような気質と、最も古い家系の、双方の血を引き継いで、現在のエラさんの存在があるらしい。

そういえば単身日本においでになるという勇気と進取の気性は、お父様方の気質でいらっしゃるようですが、しかし、お会いするときの実にもの静かな雰囲気の中から、周囲の会話のなり行きに、時折お見せになる好奇心の塊のような知的なまなざしは、お母様方の古い家系の名残でもあるようにも思います。

それはさておき、私のアメリカに関する知識は、コロンブスのアメリカ発見の1492年から、メイフラワー号に乗ったピルグリムファザーズのアメリカ上陸をへて、1776年のアメリカ独立宣言の300年近くとび、次は南北戦争から太平洋戦争に飛びます。

従って私は、コロンブスのアメリカ発見から始まる先住民の悲しい物語は、映画などからの断片としての知識があるだけで、その実態を知りません。

しかし、振り返ってみると同じ物語は、日本にもあり、坂上田村麻呂時代にさかのぼるまでもなく、北海道におけるアイヌ民族の悲しい物語は、聞きしに勝ります。多くは和人と言われた本土由来の人間との戦い(シャクシャインの反乱等)によって死んでいったともいわれていますが、それ以上に和人がもたらした病、特に天然痘の流行は、戦いによるもの以上に、アイヌ人の減少に輪をかけたと言われているようです。明治以降進められてきた北海道開拓の歴史は、アイヌ人の悲惨な物語の上に乗っかっていますが、其れについては、我々は反省のかけらもありません。

このようなアイヌ民族の悲惨な歴史は、しかし、日本の歴史書には全く記載がないと言っても大袈裟でない様に思います。その様な文学書、小説等もありません。それどころか、アイヌの土地所有権の制限、アイヌ語の廃止、日本の同化政策を目的とした北海道旧土人保護法が1997年まで存続していました。アイヌの保護法と銘打っていますが、その正式名称が「土人法」なのです。この法律が20年前まで存続していたのです。

今回のエラさんの文章は、アメリカ先住民の悲しい歴史やその物語が、何気ないクリスマス時のエピソードとして語られているという事実を通して、アメリカ人の思想の深さや多様性について気付かせてくれます。

実は最近、ベトナム戦争時のソンミ村事件(無抵抗の数百人の村びとをアメリカ軍の部隊が虐殺した事件)が、どうして終息したか、という事を知りビックリしました。アメリ軍の兵士が村びとを虐殺しているその最中に、たまたま偵察に来たヘリコプターの3人の乗員が、虐殺中の兵士と村人の中間に分け入り、ヘリコプター搭載の機関銃をアメリカ軍の多数の兵士に向けて、虐殺の停止を要求したからだというのです。

この三人の兵士の指揮官はわずか25歳の青年でした。残りの二人はもっと若かったのです。恐らくこの三人は、自分達の命を懸けて、虐殺を止めたのだろうと思います。
多くの間違いを起こすアメリカ人もおれば、それを悪いとして命を懸けて止めようとするアメリカ人もいる、という事実に、驚かされます。

今回のエラさんの文章も実は同じ感想を持ちました。
先住民を虐殺するアメリカ人もおれば、それを長く記憶にとどめて何気なく後世に伝え続ける人々も確実に存在するということを、とても素晴らしいと思います。

良いお話を有難うございました。

 

初秋九月(36)(37)(38)

 投稿者:秋 たける  投稿日:2017年 9月13日(水)15時52分21秒
返信・引用 編集済
  中村川に架かる山下橋の渡って、最初に目に付いたのが、海岸通りのイチョウ並木の銀杏を
採る人の姿だった。長い、プラスチック製の竿を上手に操って採っていた。地上に落ちた銀杏を
拾う人の姿は何度も見たことがあるが、枝になっているんを採るのは初めてみた。無残に車輪に
くだかれたり、ごみになって捨てられたりする前に、美味しくいただく、いいことではないか。

 写真中はおもちゃの博物館へ渡る横断橋の上から撮った。ここから眺めるとイチョウ並木は
まだ青々としているように見える。写真下は山下公園駐車場の、船の窓のような丸窓を這い
上るツタ。こちらは明らかに色づき始めている。
 

「ピーターの岩」読後感

 投稿者:浪速びと  投稿日:2017年 9月13日(水)08時19分28秒
返信・引用
  道子さんの翻訳がなければ、このすてきな物語を味わうことができませんでした。O-channさんありがとうございます。
前作秋さんの仏教の教えの次にこの作品というのは、実に心憎い順番だと思います。
悲しい物語です。
登場するアオカケス、これまた心ひかれる名前です。そんなたいそうな鳥でないらしい。アメリカでは馴染みのカラスなのでしょうか。日本で街中でも大きな顔で騒ぐ真っ黒けのカラスとはちがうのでしょうね。
外国の話を読んでいると私の知らない鳥や草花の名前が出てきて、それが物語に趣を添え、狂言回しのように存在し、心ひかれることがあります。今回はこの「アオカケス」でした。

300年前のピーターに思いを馳せたときにアオカケスが鳴き、次いでピーターの語りかけの中で、この岩を訪れる人がアオカケスの鳴き声に耳を傾け、その中にピーターの叫びを聞き取り、ピーターの種族の悲劇を読み取ったときに、死んでなお現世に呪縛され成仏できなかったピーターがやっと呪縛から解き放されると言う。
アオカケスの出てくる場面が私は気に入っています。
私はこのアオカケスでピーター酋長やその種族の哀しい歴史を思い描きました。
それだけで侵略者に追われ故郷を奪われた先住民の慟哭を思うことができ、この物語の意味を感じました。

人々が穏やかに日々の暮らしを営んでいた所に、突然見知らぬ人々がやってきて、殺戮侵略が行われる。侵略者は元々新天地を求めてやってきたのだけど、エラさんの祖先たちがメイフラワー号(歴史で学んだが、なんとすてきな名前でしょうね)でやってきた時は、新参者としてその土地の人と仲良くしたけれど、その後の人々は先住民と共存せず、戦になり、略奪に向かう姿は、あちこちの歴史で見られ、大体において侵略者が勝者になるのですね。そして大きな顔をして元から居たように土地を占有し、先住民は侵略者に追随同化することでしか保身できなかったのは、植民地のさだめなのでしょうか。
しかし戦を生き延びた酋長は死んで尚それに承服できず、岩陰に身を潜ませ、肉体が消滅しても魂は生き続け、故郷を取り戻して成仏できる、哀しい話です。

これを読んでいて、ふと小学校の頃母に貰った小さな本を思い出しました。母が子供の頃に読んだという本で、すっかりセピア色になっていましたが。タイトルは「岩の顔」です。ずっと大事にしていたのに、処分したらしく今回本箱を探しても見つかりませんでした。
その話は簡単に言うたら、ある村のある岩に刻まれた顔は、いつかこの村を救う偉人の顔と伝えられ、村人はその人がやってくるのを待っていましたが、来る人来る人偽善者で村人を失望させました。主人公が年老いてその岩の顔を見ると、なんとそれは彼の顔だったのです。
私は子供心に、この話にとても感動したのです。作者がだれなのか、有名な話なのか、さっぱり分かりませんが。
今回のピーターの岩は、私にその話を何十年か振りに思い出させてくれました。
 

初秋九月(33)(34)(35)

 投稿者:秋 たける  投稿日:2017年 9月13日(水)08時03分3秒
返信・引用 編集済
  9月11日、根岸線の石川町駅で電車を降り、中村川の川べりをぶらぶらと山下公園まで歩き
ました。「ハマトラ」の元町へ買い物に行こうという、若い人にとっては関内駅よりこちら
の方が馴染みかも知れません。中村川に架かる橋は、これまで何度も写していますが、当日も
やっぱり写してしまいました。橋オタクかもしれません。

 写真上 輪っかがある、市場通り橋、右岸から。上はベイブリッジに繋がる高速道路
 写真中 谷戸橋。ここも同じ構造?上に高速道路、下が川。
 写真下 フランス橋。右岸の山手に、開港時にフランスの総領事館が建っていたことに
     由来する命名でしょう。この橋の右岸の橋詰は小さな公園になっています。
     きれいにカーブした人道橋です。
 

合評お礼

 投稿者:秋 たける  投稿日:2017年 9月12日(火)14時32分54秒
返信・引用 編集済
   浪速びとさん、吟遊詩人さん、うのたんさん、0-chanさん, 遠くアメリカからエラさん、旅人―M
さん、亮子さん、拙稿の「老病死」を読んでいただきありがとうございます。
 多くの皆さんに読んでいただき、合評していただけただけでも、とてもうれしく思います。宗教につい
て語ることはその人の人生観、死生観あるいは哲学を語ることであり、それこそその人の心の問題ですか
ら決まった答えがあるはずもありません。この機会に、少しでも皆様のお考えや宗教との関わり方を話し
合えただけでも、拙文を書いた甲斐があったと喜んでおります。

 東大寺の文化講演会を聴講するのは昨年に続いて、今回は2度目でした。近年、聴力も落ちてきました
し、視力にも問題がありますので講演会や映画館でではいつも座る場所に苦労します。遠藤周作原作の
映画「沈黙」を観た時は、席が後ろ過ぎて字幕がよく読めませんでした。私は学生時代、黒板の字が読め
なくなったので近眼の眼鏡を掛け始め、50歳ごろから書類を見たり本を読んだりするときには老眼を使っ
ています。ここ5年程前に左目が黄斑変性となり、視界がぼやけるので、今は老眼の右目だけを頼りに読書
をしています。講演会当日は最前列に座って聴講してメモり、帰宅後、成文化しました。その段階で私
勝手な思い込みや語句解釈が混ざり込んだかもしれません。でも大筋は間違っていないとおもいます。

 佐々木閑先生のお話しの最後に出て来た「七仏通誡偈」は帰宅後、メモを成文化するときに、レジメで
確認しました。ここがまた佐々木先生の、ご講演の結論にもなっています。幸不幸は心に在り、結論は単
純明快でした。悪いことはするな、善ことだけ行え、そうやって自分の心をいつでも清らかに保て、でし
た。悪いことをすれば、誰が見ていなくても、自分が知っているのだから心のなかにいつまでも残ってい
て、自分自身いつ因果応報の、その報いが来るかとその影に怯えなければならず、その罪の意識に苛まれ
る。それ自体が自分に課せられる罰だということでしょう。しかもその罪に対する罰が、いつ何時課せら
れるのか、自分犯した罪とまったく別の形で、しかもより重く課せられるとしたら…、一生苦しまなけれ
ばなりません。悪いことをしなければその心配もなく、穏やかにすごせることでしょう。
 この「七仏通誡偈」は臨済宗のお経集の冒頭に載っていますが、元々インドのサンスクリット語か何か
で書かれていたものを漢訳したものです。「仏説阿弥陀経」には経名のあと本文の前に「姚泰三蔵法師
鳩摩羅什奉紹譯」と、翻訳者の名が記されています。その漢訳を、今もわれわれは「如是我聞(にょぜ
がもん)・・・」と棒読みで音読しているわけです。

 さて、お釈迦さんのことをわれわれは仏さんとか仏陀とか呼びますが、それは覚った人、覚者という
意味だそうです。覚った人だといわれると私のような俗人は、ではお釈迦さんは一体何をどう覚ったの
か、聞きたくなります。
 覚(悟)りとは深く静かに澄み切った目で物の実像と自分の心をみつめ、自己中的な考え持たずに
悪事を働かず、他の生命に対して抜苦与楽=苦しみを除きて楽を与えたかどうか反省する、そうすれ
ば、自ずと自分自身の心の平和が保てると、そう結論付けられた、悟られたのだろうとおもいます。

 イラク戦争も結局のところ反テロという名の宗教戦争でした。ブッシュ大統領が、どこかで十字軍と
いう言葉を使っていました。宗教のほかに国境・領土をめぐる争い、経済格差に対するやっかみや国の
リーダーの、過度の威信誇示のための扇動も戦争の引き金になることがあります。平和を目指す宗教が
戦争の原因になる、まったく納得できません。
 一神教では自分が信じる神のみが絶対的に正しい。その正義・正当性は、異端の、邪教を武力で倒し
て初めて正義は勝つことを証明できるわけです。人間が創りだした「神」の正当性は、理論では決着が
つくはずもなく、人間がその神々の代理戦争でもって決着をつけるしかありません。悲しいかな。

 キリスト教とイスラム教の根本教義にどれだけの違いがあるのでしょうか。戦争をしてまで決着を
つけなければならないほどの真っ黒と真っ白の差異があるのでしょうか。ひろさちやさんの「キリス
ト教とイスラム教―どう違うか50のQ & A―」新潮選書だったと思いますが(買って持っていたはず
なのに見当たらないので、確かめられませんが、モーゼの十戒{キリスト教正教会・聖公会・プロテ
スタント(ルーテル教会以外)が守っているそうです}とアラーの説かれた教義とを比較しておられ
ました。そんなに大きな違いはないといのが私の記憶にあります。この機会にその十戒をウェブから
引用してみましよう。
 1.主が唯一の神であること、2.偶像を作ってはならないこと(偶像崇拝の禁止)、3.神の名をみ
だりに唱えてはならないこと、4.安息日を守ること、5.父母を敬うこと、6.殺人をしてはいけない
こと(汝、殺す無かれ)、7.姦淫をしてはいけないこと、8.盗んではいけないこと、9.偽証しては
いけないこと、10.隣人の家をむさぼってはいけないこと。

 このなかで「唯一神」と偶像を作るなというところは、今のわたくしには守れませんが、あとの
8つ=8割は、努力をすれば守っていけると思いますし、また今の日本の良識ともかけ離れていま
せん。原理主義者とは、他人(異教徒)に対して、100%の履修を求める人でしょう。寛容とは他人
の神も認め、敬意を払うことではないでしょうか。そのようにすれば、それは他人の神様はもう偶
像ではないはずです。モーゼからみれば釈迦さんは偶像かも知れませんが、私はお寺で仏像を前に
すれば、自然と心が落ち着きます。散歩に出た折に神社の前を通りかかれば作法に従ってお参りし、
心の安寧を保っています。
 この十戒の8つに、国連が掲げている「持続可能な開発目標(SDGs)17」を加えれば、信教、
国籍、皮膚の色に関係なく、すべてのヒトがこの地球で平和裏に生存できると信じています。

 間もなくコスモスとヒガンバナの競演が始まります。そのあとは木々の紅葉が始まります。それを
今年は何処かあたらしい所を見つけて、観に行きたいと願っていますが、もう遠出は無理、やっぱり
いつもの行きつけのところになりそうです。纏まりのないお礼になりましたが、多くの方に読んで
いただきその上、合評を頂戴したことはうれしい限りでした。ありがとうございました。

 群生のコスモス風に揺れており 十万諸菩薩笑むがごとくに
  2007年10月22日「朝日歌壇」選歌      三原市 岡田独甫
 

老病死を読んで

 投稿者:亮子OTTIGNON  投稿日:2017年 9月11日(月)17時24分41秒
返信・引用
  皆さんがとてもしっかりした合評をされているので、なんとなく書くのが遅くなり、又そうなると ますますほとんど言い尽くされて 書くことが少なくなってしまいます。皆さんが言われているように 何時もながら秋さんの書かれているものはきちんと 講演を聴きにゆかれても それについて把握されたことを 要約されているのには感心します。秋さんのかかれたものから読みながらいつも学ぶことが多いのが 一つの楽しみにもなっています。

現代人の宗教離れは 一番簡単に言えば、宗教が一般の生活に結びつきが少なくなってきているからだと 思います。昔は知識人といえば神父か僧侶であったので、皆問題や困ったことがあれば 相談に行ったときに その相談を解決する時に その背景となるのが宗教の倫理、教えに基づき、自然と宗教が生活に結び付き浸透していったと 思えます。 現在とどちらかと言うと宗教の持つ意味は哲学的な意味で 精神的な支えと 見られるのは 宗教自体が 昔はそれまでは理解せずとも 信じるという行為であったのが 其れは、現代人には出来ないことで ある程度の理解、解釈を求めて 人生の生き方として 受け入れるという形になった来たのではないかと思えます。 得に禅宗はMeditation、座禅は 海外で多く受け入れられて
宗教と言うよりは 哲学のように受け入れられています。

もう一つの仏教の特徴は 自分の内面について深く掘り下げていくという意味で、キリスト教のように 布教や社会的に奉仕の精神などに頼らないので 社会的な意味で広がり少なく、宗教としては現代社会においては 存在しにくくなっているのではないかと思います。 西洋ではある意味いまでも キリスト教的の精神が 信者でなくとも多くの人の 道徳的な基礎となっていると思います。

もしかしたらちょっと秋さんが書かれた原稿の老病死とは的はずれな感想になってしまいましたが 短いながら 宗教についてちょっと感想を書いてみました
 

『老病死』を読んで・・・

 投稿者:旅人=M  投稿日:2017年 9月11日(月)10時55分15秒
返信・引用 編集済
  新・積み残しの記(31)・三字語で世相を観る・『老病死』・・・感想です。

1.5月27日、東大寺文化講演会で、佐々木閑先生の『現代人のためのブッダの教え』というタイトルの講
  演を聞いたこと・・・その内容についての紹介、所感として読ませてもらいました。
  講師のいままでの経験談が、インド仏教を学ぶことに役立ったとも述べられています。
(講演のポイントを、要約をしてもました)
(1)釈迦は、人間は老病死の不幸から逃れるすべを発見できなかったということです。
(2)『無明』・・・釈迦は、『無明』とは、自分中心に物事を考えることであり、それは、人としての智
       慧、英知を持っていないことを意味すると説いています。
(3)『六道』・・・釈迦は、天、人、修羅、畜生、餓鬼、地獄を未来永劫として、輪廻転生していると唱え
       ている、ということです。そこで、自分の命を支えるための闘争をしているということです。
(4)『抜苦与楽』・・・慈悲の心・・・仏の他の命に対して、楽を与え、苦しみを取り除く行ないをすしめ
       ることを、説いています。
(5)七仏通誡偈(しちぶつつうかいげ)・・・釈迦と釈迦以前の6人(仏)の、『戒めの詩』として
   ・諸悪莫作(しょあくまさく)・・・悪事を止め
   ・衆善奉行(しゅぜんぶぎょう)・・・善行につちめ
   ・自浄其意(じじょうごい)・・・自らの心を清らかに
   ・是諸仏教(ぜしょぶつぎょう)・・・等々を説いています。
(6)僧はそんなことを説きながら、僧と民衆の間の自主的な、余り物の寄進を受け取り、瞑想と布教の関係   が語られた、ということでしょうか・・・
  (続いて)
2.京都大学の、気多雅子先生の、『大地と地球・・・その変容からの環境問題』というタイトルでの講演を
  聴いた、ということです。

こちらは、地球環境の持続の必要性を、フリードリッヒ・フォン・シラーの動植物の中で命をつないできたことの大切さを心に止めること・・・を述べられたのでしょうか・・・。

宗教の話は、いろいろな見方、捉え方があって、難しいですね。
≪釈迦は、老病死を、不幸と決めつけているようですが・・・≫
   『老』は、賢さを積み上げる・・・
   『病』は、医師や薬の効用に感謝し・・・
   『死』は、黒人霊歌・オールド・ブラック・ジョーのように、苦痛から解放してくれる・・・
・・・少数派でしょうすが、そんなことを考えてはいけないだろうか。
それに、『仏教言葉』は、内容は理解できても、どうして、難しい言葉遣いをするのだろうか・・・仏教言葉を無理に漢字に置き換えると、こうした、≪当て字≫のようになるのかと思ったりします・・・(余分なことでした・・・釈迦に説法・・・です)。
 

エラさんの写真とコメントをブログに

 投稿者:o-chan  投稿日:2017年 9月11日(月)09時40分3秒
返信・引用
  今日から16日までエラさんの合評です。去年久しぶりに日本に帰ってこられた時の写真だそうです。コメントは彼女が日本語で書いたもので、目を通りてくれ、とありましたが、直すところはありませんでした。素晴らしいですね。

私の英語はすっかり錆びついて、英語で書くとなるともう尻込みをし、それでも書き出すと言葉が出て来なくて往生します。もっとも日本語でもそうですが。英語も日本語も今からはなるだけ頻繁に書くようにしないとだめですね。

そして何より言葉は心を伝えるもの。「言の輪」の作品はもちろん、合評も億劫で、書くことはますます大変とは思いますが、書かないとますます書けなくなると思って、心を伝えあおうと思って、がんばりましょう!

エラさん、私の翻訳を褒めてくださり、ありがとうございます。褒めてもらうのはいつでも嬉しいですね。


 
 

秋さんの合評

 投稿者:o-chan  投稿日:2017年 9月10日(日)23時43分4秒
返信・引用
  ガマの穂の写真、とても懐かしく拝見しました。「いなばの白うさぎ」は子供のころの童話で読んだ気がします。白うさぎはよく童話などに出てきますよね。「うさぎとかめ」のうさぎは、もしかしたら野うさぎで、茶色かも。白うさぎはアルビーノで目が赤いですが、うさぎは何となく「白」というイメージが強いですね。うちで飼っていた2匹も白でした。(この合評を描き始めたのがガマの穂の写真の時でした)

さて合評です。合評といっても、読みながら浮かんできた思いをとりとめなく書き留めたものです。

浪速さんの宗教観は、信仰を持つ持たないに関わらず、多分ほとんどの方が同意なさるでしょう。戦争を引き起こす原因や発端が宗教がらみなのは、歴史が証明しています。宗教という名がつかなくても、神に似た同様な個人崇拝が引き金になり、天皇のため、王のために命を捨ててきました。宗教はそれだけ洗脳しやすいのでしょうね。宗教を「悪」と言っているわけでなく、それが今まで悪用されてきたと言いたいのです。

秋さんが拝聴なさったお話は仏教についてですが、オウム真理教も含め、宗教は一旦入信してしまうと、その宗教に疑問を抱く事だけでも裏切りになることがありますね。旧約聖書の神、キリストの父も単一神で、エホバを信仰しなかった民は皆エホバに滅ぼされました。選民という定義もあります。仏教はその点融通がきくというか、大分違いますね。人は死ねば仏になるし、生きていても仏心を持ち自分で釈迦の教えを守って善行をつみ、悟りを開けば仏になれます。でも、人間はどう修行しようと悟ろうと、教祖を名乗る人は出てくるけど、神にはなれません。「あの人は生き仏」というように、仏は超越した存在の神とは大分違い、身近ですよね。

日本人は子供のころからお寺参りをし、神社でお祭りを楽しみ、お地蔵様に前掛けをかけ、天神様の狐にあぶらげを備え、クリスマスを祝います。「イワシの頭も信心から」で、色々な自然現象に神のような存在を見て、それを何の違和感もなく受け入れ、お参りします。万物に神が宿っている、と思うのですね。それはとても素敵な事だと、私は思います。お参りするという事は「感謝する事」でもあるからです。サルトルの様に子供のころから当たり前の存在だった単一神を否定するのは、大変な事だと思います。

私の養父は禅宗の坊さんでしたが、ある時キリスト教の高校生達が寺に訪ねて来て、仏教とキリスト教の違いなど、聞いてきましたが、養父は枯葉を箒で掃く手を休めずに、「仏もキリストも皆同じだよ」と言いました。なるほど、と私は変に感心してしまいました。キリストの存在、仏の存在云々ではなく、その根本的な教えは皆同じ、ということでしょうね。

もちろん、神社やお寺、教会など、組織が出来ると宗教は変化してしまいます。参拝だけでなく、組織を大きくするための布教も大きな仕事になります。そうなったらもうビジネスですね。競合が悪化して、利益が絡み、戦争というパターンもあります。

宗教へ気持ちが動く大きな理由は「死後の世界」です。死んだらどうなるのだろう、地獄に落ちるのか、神や仏を信じれば天国に行けるのか。カトリック教は、生きている間はどんなに悪い事をしたとしても死に際に司祭に自分の犯した罪を告白し(そういう儀式があります)許してもらえば天国に行けます。死刑囚でもこの儀式をしてもらえます。懺悔も似てますね。教会の懺悔室で罪を告白し、許してもらえたら、晴れ晴れと次の罪を犯しに出かけられる、というわけです。免罪符の話も有名ですよね。

私自身は、特定の宗教の教えとは関係なく、悪いことはなるだけしないように、困っている人は出来るだけ助けよう、自然も大切にしよう、と思って生きているし、むしろ、沢山の神や仏やご先祖様達が、私の身の回りにいて守って下さっていると思っています。

そういえば、昔、新興宗教にハマった友達を通して(お金を払って)教祖様に私の守護神を調べてもらったことがありましたね。

本当に合評と言えない御託を並べてしまいました。どうぞ読み捨ててください。
 

『三字語で世相を観る 老病死』を読んで

 投稿者:うのたん  投稿日:2017年 9月10日(日)22時13分56秒
返信・引用
  秋たけるさん
 その前にいろいろな秋の花々の写真、楽しませていただいています。また、花の名前に詳しいのも羨ましい限りです。

さて、タイトルの『続ける』について、人の誰もがいろいろな事を計画や決心して取りかかりますがなかなか継続、続ける事が実に難しいものです。恥ずかしながら私は三日坊主で終わる事が多々あります。今、続けているのは毎朝の神棚と父の遺影に手を合わせることです。最も秋さんは本文5Pに『・・・地球環境の持続こそ現代の最重要課題なのです』とあるようにこれ以上地球を温暖化、汚染から守る事だと同感します。

さて、本文の感想ですがいつもながら秋さんの解説、記述にはただただ、感服するばかりです。
若い頃、お寺に『お説教』を聞きに行きましたが佐々木閑先生のこの講演は素晴らしかったものと推察します。
宗教、仏教はいろいろ沢山あり、なかなか難しい点もありますが仏教では生きて仏になる釈迦仏教など、死して仏になる浄土教などがあるものと思います。
それにしても2500年前の釈迦の教えが未だに続いているのも偉大且つ歴史的にも釈迦仏教が生きている事を痛感します。私たちが幼い頃、確か4月8日は『お釈迦さんの日』でお釈迦さんの小さな石像の頭から甘茶を掛けていたのを思い出しました。いまでも私たちの脳裏にはお釈迦さんがいる気がします。
北島さんのような立派な合評が出来なく申し訳ありません。
 

初秋九月(30)(31)(32)

 投稿者:秋 たける  投稿日:2017年 9月10日(日)20時39分30秒
返信・引用 編集済
  合評のお礼を書こうと思いながら、パソコンのなかの花のアルバムを開いています。今日は、
9月5日に撮った、団地の中の小さな公園の花壇第2弾です。
 

三文字で世相を観るー老病死ー

 投稿者:吟遊視人  投稿日:2017年 9月10日(日)00時05分47秒
返信・引用 編集済
  まず、「前書き」の「続ける、に思う」についての感想です。
「続ける」ということの大事さ、特に日本国憲法の主旨を守り続けていくことの意義や大切さを説かれています。
私もアベゾー内閣になってからの憲法軽視の風潮や安易な改憲への主張など大きな懸念を持っています。それに改憲を主張するアベゾー本人の救いようのない憲法知識のおそまつさや憲法観の浅はかさなど、この程度の知識でよく恥らいもなくしゃべれるもんだと呆れてもいますが。
それに自民党が草案した改憲案の中味を見れば、自民党という政党自身の劣化、自民党議員のレベルの低さを痛感しています。作家の高橋源一郎さんが、この自民党改憲草案を「一種のパロデイだ」と呆れていたのを思い出します。もっともさすがのアベゾーもこれでは国民を納得させることはできない、と弱いオツムで考えたのか、9条の3項に自衛隊認知の文言を追加することでした。これもまた「改憲という歴史に残る偉業」をやりたいだけのこの男の無節操ぶりを表しています。

私は日本国憲法の「前文」はとても格調が高く世界に類のない素晴らしい文言だとずっと思ってきました。50年以上も前、学生時代に「日本国憲法論」の講義を受けた時、とても感動したことを覚えています。

憲法について色々と書くと長くなりますのでここらへんで止めます。
秋さんの言われる「渡る世間に鬼はなし、と人を信じる。騙されることがあるかもしれないが、疑ってかかるよりこちらの気も軽いし、それ自体美しいではないか」
80年以上の秋さんの人生でこのような境地(?)に達せられたことは羨ましい限りです。40代ころから会社の中で秋さんと知り合いになってからも、やはりこんな感じだったなあ、と思い出します。私など、人の好き嫌いが激しいし、相手をいったんこうだと決めつけたら、二度と話したくない、という気になってしまいます。時々自分の短気性には反省することもありますが。


それでは本文の感想を述べます。
老いや病い、死の苦しみから、人は目を背けることができない。かくも絶対的な苦悩を宿命づけられている私たちが、それでも安らかに生きるにはどうすれば良いか。仏教の始祖釈迦は、世界は原因と結果の因果則でしか動いていないことを悟り、苦しみを正しく受け入れることができるように「自分の心の在りよう」を変えていくことが、苦悩から解放される唯一の道だと説いたとあります。このような「釈迦の仏教」の本質を佐々木閑先生の講演から書かれています。

いままで宗教に関する本と言えば、五木宏之の「親鸞」、旧約聖書をちょっとばかりかじり、ずっと以前に同期生でやっていた読書会でイスラム教についての岩波新書を読んだくらいです。ああ、そうそう釈迦と言えば、手塚治虫の漫画本「ブッタ」で、いくらか釈迦の教えを知りました。
それで先日図書館へ行った折に、本文にある佐々木閑さんの著書をパソコンで検索したら「真理のことば」という書があり、早速取り出して、めくってみました。

「真理のことば」は、キリスト教で言うところの聖書にあたる書物であり、ブッダの教えの中でも最も重要なものとして世界中で愛読されているそうです。またこの書は、仏教をよりどころとして生きようとする人々が、どのような心構えで、ものを見、考え、悟りの道を進んだらよいのか基本的な指針を記した書であります。

私が佐々木閑さんの解説するところの釈迦の教えで、特に興味を惹かれそうなのは、「輪廻」という概念です。さ~っと読んだのではっきりしたことは言えませんが、現代人が受け入れることは難しいということを理解したうえで解説を加えられているようです。
そして、「輪廻」という概念をスッポリと外しても、ブッダの教えが成り立つという点にこそ、教えの斬新さと、普遍性と、厳しさがあるように思えます。

また、釈迦の教えのエッセンスが「個人の世界の受容の仕方」にあるという点で、2500年前の考えとは思えないように極めて合理的且つ科学的である事に驚かされます。

仏教について通俗的に語られるような、念仏を称えれば救われるといったことを教える宗教ではないことが、明確に分かります。日本の仏教は、釈迦の教えから随分異なった形になっているのかもしれません。
 仏教は歴史的にも、地理的にも、思想的にも広がりをみせたのは、なによりも人間世界の心のありかたを示したからかもしれません。
仏教とは、自分自身や周囲を正しく理解する事。それらを正しく理解する事は、生きる苦しみを克服する事。絶対的な神にすがるのでは無く自分自身を変える事。等等、仏教における大切な考え方を分かりやすく説明してくれる入門書でもあります。

釈迦の教えでは、やはり「外の力に頼らず、あくまでも自分の力で道を切り開くという」ことにあるのは明らかではありますが、自分の力ではどうしようもない状況や条件があるゆえに、そこで宗教から何らかの教示を見出したいという、なんだか堂々巡りに陥りそうです。そこがまた釈迦の教えを十分に理解できていない証左かもしれませんね。
また佐々木さんは、「釈迦の仏教」の最大特徴は「自己鍛錬システム」だと規定しています。あくまでも超越的な存在によらず「自己改良」で解決していくと考えるのだとします。その目指すところは「涅槃寂静」。確かにブッダはそうであった。その原点に立つべく努力しようというのです。

ともあれ釈迦の教義を理解できないまでも、今回の秋さんの文章で世界三大宗教の一つ、釈迦の仏教についての関心や興味が増したのは収穫でした。

 

初秋九月(25)(26)(27)

 投稿者:秋 たける  投稿日:2017年 9月 9日(土)18時20分17秒
返信・引用 編集済
  去る9月5日、団地のなかの小さな公園の花壇をみたあと、ふとこの秋、まだススキを見ていないなと
思い出し、いつもと違ったコースを歩いてみました。桜がもう色づいていました。9月5日、写す。
 

初秋九月(22)(23)(24)

 投稿者:秋 たける  投稿日:2017年 9月 8日(金)17時41分55秒
返信・引用 編集済
  団地の中の、小公園の花壇。ウィークディの昼間なのでこどもたちの姿もない。9月5日、写す。  

初秋九月(19)(20)(21)

 投稿者:秋 たける  投稿日:2017年 9月 7日(木)17時10分8秒
返信・引用 編集済
  いたち川沿いの散歩道の傍の、小さな1~2坪ほどの田んぼの蒲がソーセージそっくりの穂を出して
いました。蒲の穂はこどものころ能登で、手折って風に飛ばした思い出があります。また国民学校で、
唱歌でもおそわりました。鰐をだまして向こう岸に渡った因幡の白うさぎが、あと一歩というところで、
だましたことをばらし、鰐から罰を受けて丸裸にされた。通りかかった兄の命(ミコト)に助けを
求めたところ海の塩水で体を洗い、天日でさらせといわれ、その通りにしたら傷がなおひどくなった。
次にやって来た大黒様=大国主の命にことわけを話したら蒲の穂を敷いた上に寝なさいといわれ、
その通りにやってみたら治った、そんな話だった。この話が載った教科書も、墨を塗って封印したはず、
この神話、こどもたちはどのくらい知っているのだろうか。写真は8月29日に撮りました。

 写真上 蒲(ガマ)の穂。ソーセージといえば、ニューヨークのブルーヒルという名のパブリックの
     ゴルフ場の     何番ホールかの池に、蒲が穂を出しているのを見つけたことがあり
     ます。大げさにいえば、異国で幼なじみに出会ったような気になったこと思い出しました。
 写真中 白い百日「紅」の花(サルスベリ)
 写真下 こちらは紅い「白」粉花(オシロイハナ) 
 

3字語で世相を観る 老病死

 投稿者:浪速びと  投稿日:2017年 9月 7日(木)08時58分8秒
返信・引用
  まず講演を聴いて、内容をきちんと記録できるのなんて私には至難の業です。わずかのレジメはあったのでしょうが、脱帽、すごいですね。

さて私の偏見に満ちた素朴な感想です。
本作品は、その講演での宗教の理念、理想としての信仰・宗教、宗教の社会に果たすべき役割などが述べられています。その内容はとても勉強になります。本来の宗教の望ましい姿を知ることができます。

しかし、実際に目にする卑近な姿はそうとばかり言えず、宗教が堕した姿をしばしば目にします。

お釈迦様が人類から3つの不幸苦しみを救うために難行苦行の末に悟った慈悲の心は、仏教の根幹をなす考えとのことだけれど、今の仏教界でこの教えはどのように引き継がれているのだろうと時に疑問を感じるのです。宗教のことは良く分かりませんが、仏教に限らず、大体神や仏は慈悲や愛を説き、人としての守るべき大切なものをおしえるのではないかと思うのです。映画で観た十戒もそうです。しかしその神の名の下に世界のあちこちで永年殺戮が行われているのはどういうことなのでしょうか。
我が国でも、仏教伝来以来、いろいろの宗派ができ、高僧の出現を見たけれど、寺院が時の権力と結びつき、特権を得てきたことは歴史が示していて、信仰は脇に置いて、権勢、権力のためにうごめいている例は多数です。そういう行為をする僧が本当の宗教家ではないと言えばそれまでなのですが・・・。

「2,500年の仏教が今日まで存続できた所以は、その根底に僧(聖)と民衆(俗)との間に、僧は民衆の、自主的な余り物の寄進を受けて瞑想と布教の生活を送る、そんな暗黙の住み分けと役割分担の基本設計があり、双方がそれを守ったことにあります」とのお話のようでしたが、永い年月で利己的で汚い部分が出てきて、お釈迦様の説かれた教えが変容変節した部分も大きいと感じます。

聖徳太子は別格として、法然さんも親鸞さんも民衆を救うための布教を行い、死後立派な寺院は必要無しと遺言したけれど、お弟子たちはその遺志に従わず東・西本願寺は、実に荘厳で贅沢な寺院を建てています。末寺においても、大体がお寺さんは家業として継がれ、宗教が世襲の家業となり、地元の名士として格式ある家柄を誇り、清貧に甘んじる寺、僧侶は少なくなっているように思います。
お寺が世襲でなくなり跡継ぎがいないと、檀家は困り、檀那寺も跡継ぎを求め奔走というのを現実によく耳にします。それだけ生活に儀式の上で仏教は必要な物なのです。しかし私が葬儀などで目にする僧侶の出で立ちに、なぜ粗末な墨染めでなくきらびやかな袈裟や衣服をまとうのかと不思議です。それも本来のお釈迦さんや法然さん、親鸞さんの説かれた仏教とは異なっているように思います。
もっとも時に報道される祇園や大阪のキタやミナミでの酒池肉林は論外ですが。

と言うわけで、宗教は民衆の苦悩を救うものでなくなり、宗教家は本道を外れよそを向いてはると思うのは私だけではないように思います。その挙げ句、人類は傲慢な振る舞いに陥り、地球環境の破壊に向かうのは宜なるかなと思う次第です。今回の講演は、宗教を生業とする人に是非とも聴いて貰いたいです。

以上無知な私の独断、偏見でしかありません。
話変わって高齢の母は、今の生活を倦み、死にたがります。まさに老死の問題を抱えています。私は「お釈迦さんでも死はどうしようもできなかった問題やから、いつか分からんけど必ず死ねる、心配せんでええよ」と宥め慰めています。
夏の終わりに、道ばたに転がる瀕死の蝉を良く目にしました。蝉は地中で長年過ごし、成虫になってからは短い期間に生を全うするらしい。生まれてから死ぬ時が分かっているのは、惨いけれど、救いだなと蝉を目にしては思うのです。私も歳を取り、老病死が刻々と我が身に迫っているのです。
 

初秋九月(16)(17)(18)

 投稿者:秋 たける  投稿日:2017年 9月 6日(水)09時55分59秒
返信・引用 編集済
  8月29日、いつも歩いているいたち川でカワセミを見つけました。これが2回目。急いでデジカメ
を望遠にして引き寄せるようにして撮りました。手ぶれが心配だったが、何とか撮れていていました。

 写真上 2013年11月26日撮影。写真中、下 8月29日撮影。 
 

初秋九月(13)(14)(15)

 投稿者:秋 たける  投稿日:2017年 9月 5日(火)17時47分57秒
返信・引用 編集済
  今日も去る8月29日に、近所で撮った花です。何方か種を撒き、あるいは球根を植えられた
のだろう。雑草に囲まれながらも健気に咲いていました。

 写真上 イソトマ、市民の森の細い小道の脇で咲いていました。
 写真中 崖の途中で咲くカンナ。
 写真下 道路のガードレールの傍に咲くケイトウ
 

秋さんの写真とコメントをブログに

 投稿者:o-chan  投稿日:2017年 9月 5日(火)09時00分55秒
返信・引用
  今日から10日まで秋さんの合評です。やっと暑い夏が終わりに近づいてきていますね。今年の夏は猛暑、雨と、体調不良になるような不規則な天候でした。それどころか、各地での被害も多かったです。
秋は果物がおいしい季節で、熊本さんが送ってくださった梨を始め、昨日はちょっと傷んだブドウが格安で売っていたので、買って食べました。初物ですが、とても美味しかったです。果物はちょっと痛み始めたころくらいが熟成して甘さが強いですね。季節の果物は必ず年一回は食べるようにしていますが、イチジク、びわがまだですね。野菜もそうですが、松茸だけは、あまり高くて、やっぱりちょっと買いそびれてしまいました。
 

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