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師走(49)(50)(51)

 投稿者:秋 たける  投稿日:2018年12月15日(土)14時18分1秒
返信・引用 編集済
   写真上 六国峠(天園)から少し南に下ると、この道標が立っています。写真の右へ行けば、夢窓国師
     の作庭でも有名な名刹瑞泉寺を経て鎌倉宮へ行くことができますが、今日は躊躇なく、写真右の
    、獅子舞へと下ります。
 写真中・下 ここは急坂なので、他のひとの邪魔にならぬよう、自分もころばないよう足元に気をつけ
     て撮りました。                 鎌倉獅子舞の降り口で、12月8日写す。
 
 
 

反戦短歌(302

 投稿者:秋 たける  投稿日:2018年12月15日(土)13時45分42秒
返信・引用 編集済
   保管せる放射能汚染の牧草を被曝の牛に食わすかなしみ      南陽市   渋間 悦子
 2015年12月6日「朝日歌壇」馬場あき子選

 ひばく=被曝(名詞)スル 放射能にさらされること。
 ひばく=被爆(名詞)スル ①爆撃を受けること。②特に、原水爆の被害を受けること。
                           三省堂 村松 明編「大辞林」

 

今朝の川柳」

 投稿者:沼南ボーイ  投稿日:2018年12月14日(金)18時50分20秒
返信・引用
  「本年を一字で結ぶ清水寺。」(偽との予想が多数派だった)  

今朝の川柳」

 投稿者:沼南ボーイ  投稿日:2018年12月14日(金)15時47分24秒
返信・引用
  「いいですと断った品届けられ。」(難しさと面白さ)  

中尾さんの文章

 投稿者:イマジン  投稿日:2018年12月14日(金)11時20分14秒
返信・引用 編集済
  オーチャンさんの推薦文と同様、たしかに傷つき安く、落ち込みがちだったあの若いころに、中尾さんの文章は導いてくれます。

彼の人となりを存じ上げている私としては、若いころの彼というだけでなく、現在の彼の様でもあります。

オートバイは、私も憧れのスポーツでした。取り分けスキーをするようになって、オートバイは平地で、エンジンの付いたスキー板に乗るようなもので、自由自在だという評価を聞き、憧れは一層募りました。しかし私には、到底無理だろうと、決して手を出しませんでした。

それでも先年、家族の反対を押し切り、自転車を買いましたが、乗った初日に転倒し、ひざを痛めて、そのままです。

かれもまた母親の反対を押し切り、ツアーに出かけます。現実の中尾さんは、マウンテンバイクに乗りレースにも参加するベテランですので、今回の旅行も無事に乗りきるでしょう。

そういえば、私が九州にいる頃、家内と自動車で九州一周をしたことがあります。その時、同じ道を走っているオートバイの若い人と前後になりつつ走ったことがあります。なんか、はにかみがちの青年のような感じでした。

大昔、ヘンリーフォンダの息子が主演したオートバイのロードムービーがありました。主人公もなんかはにかみ屋の性格だったような気がします。そういえばこの映画では、後年有名になる性格俳優の悪魔のような顔の俳優(名前が出てきません、飲んだくれの弁護士役)や逃亡者という映画で追跡者の刑事を演じた俳優なんかもほんの端役で出ていました。

中尾さんの小説はやっと始まったばかりのようです。今後の展開を大いに楽しみにしています。

 

師走(46)(47)(48)

 投稿者:秋 たける  投稿日:2018年12月14日(金)10時49分51秒
返信・引用 編集済
  六国峠(天園とも)の峠の茶屋の跡地に、どこから湧いたのか、大勢のハイカーが休んで
いました。ここに建ってた茶屋が消えて跡地が恰好の休憩広場に生まれ変わりました。六国は
望めませんが、相模の海と鎌倉の市街の眺望は手に取るよ存分に楽しめます。12月8日、写す。
 

中尾さんの写真とコメントをブログに

 投稿者:o-chan  投稿日:2018年12月14日(金)10時25分50秒
返信・引用
  今日から16日まで中尾さんの合評です。年齢を意識する日々の中で、中尾さんの作品を読むと、つかの間若い頃に戻ることができる気がしします。傷つきやすく、脆く、でも未来に限りない夢を抱いたあの頃に。皆様もどうぞお楽しみくださり、感想などをお寄せください。

 

反戦短歌(301)

 投稿者:秋 たける  投稿日:2018年12月14日(金)10時20分49秒
返信・引用
    宙(そら)をゆくICBM 地下ゆする核爆発よ秋の種蒔く   蓮田市   斎藤 哲哉
  2017年10月2日「朝日歌壇」選歌
 

レスビアンとレズビアン

 投稿者:吟遊視人  投稿日:2018年12月14日(金)00時00分54秒
返信・引用
  レスビアンとレズビアンの相違についてインターネットでさがしてみました。以下のような説明が載っていましたので紹介します。

 「エーゲ海、トルコ北西部にギリシャ領のLesbos(レスボス)という島がある。古代、この島に生まれ住んでいたSappho(サフォー)という女性が同性愛にふけっていたという伝説があり、「レスボス島の」という意味の形容詞Lesbian(レズビアン=この意味では最初の文字が大文字)が普通形容詞(小文字から始まる)lesbian(女性同性愛の)になり、名詞(女性同性愛者)になった。それが日本語でもカタカナ外来語となり、そのままレスビアンとなった。そのとき、「ズ」が「ス」に変化していたのだ。カタカナ外来語にはよくあるパターンだ。ここで何度も例に出しているが、英語のニューズが日本語ではニュースとなり、野球のニューヨーク・ヤンキーズがヤンキース、デトロイト・タイガーズがタイガースになまったのと、たぶん同じ現象だと思う。もちろん、それぞれに「ス」と発音する人が日本に持ち込んできたといえなくもないが、濁音が清音化した例が圧倒的に多いことからも、受け入れた日本側に問題があったと私は推測している。
 さて、レスビアン、いや、レズビアン。日本語では一般口語でレスビアン、新聞用語ではレズビアン、そして英語のレズビアン。私はそう使い分けるように決めているから、仕事上では、たとえば原稿にレスビアンと書かれていたら赤ペンでレズビアンと直す。新入社員や異動で校閲担当にやってきた人たちには以上の理由で新聞用語ではレズビアンであると教える。しかし、プライベートではレスビアンと発音してしまうし、英語で話すときは(めったに使うことがないが)、レズビアンと発音しなくてはならない。
 で、フランス語である。」

余計なことですが、昔々、米国やブラジルに駐在していた時には近くにビデオショップがあったので、映画のビデオをよく借りていましたが、たまには気分転換に(?)ポルノ映画も借りて見ていたことがあります。
ゲイのビデオは見る気はまったくなかったのですが、レスビアンのは何本か見たことがあります。
登場する女性の肌がきれいで、男女のポルノビデオよりもよっぽどきれいだなという感じでしたね。
 

合評お礼

 投稿者:o-chan  投稿日:2018年12月13日(木)18時20分30秒
返信・引用
  浪速人さん、武藤さん、吟遊さん、亮子さん、合評をありがとうございました。作品は合評してもらえると書いた甲斐があります。この作品を書いた時は家庭の事情で色々心配することが多かったので、連載を続ける根気も根性もなく、でも何かは書こうと、パソコンに向かったら、出てきた話です。

ヒントというかきっかけはテレビのミステリか何かで、レスビアンが姉妹と偽ってひっそりと生きている場面や、仲の良い夫婦の片方が秘密を隠し持っていると思い込み、それを知らないことに不満を持ったり、不安を感じたりする場面などを見て、とりとめなく書き出しました。

なぜ秘密をテーマにしたかは、今でははっきり思い出せないけれど、秘密がテーマの「執着」の一つである、という事もあったようです。何気なく「秘密」と思った時、ふと、自分に死ぬまで誰にも打ち明ける気のない秘密があるか、と問うてみたら、ありましたね。それまで思い出しもしなかった秘密です。皆様はいかがですか。もうこんな歳になったら恥ずかしいも何もないんだから、と思いますか。秘密があっても、わざわざ打ち明ける事もない、と思うでしょうね。

秘密があることは大抵は打ち明ける必要もないでしょうけど、この作品のように、そのために行動をしなければならない場合は、一つの軋轢になりますよね。書き進めていくうちに、タイトルの「秘密」より、相手の秘密を大事に思うことで、相手の全てを大事に思い、何であれまるまる受け入れようと思い始める老いの生き方へと焦点が動いて行きました。

私自身、家族、親しい友人達の逝去、病気、自分自身の肉体的精神的な衰えなど、老いを実感した数ヶ月、そういう時だからこそ、人恋しく、人を大事に思いたくなりました。

浪速人さんは私の言いたかった事、思っている事を、よく理解してくださり、とても嬉しかったです。私自身、読み直してみて、とても好きな作品になりました(自画自賛?)登場人物はレスビアンでなくても、夫婦でも、友人同士でも誰でも構わなかったけれど、秘密に関してはマイノリティであるレスビアンは結構たくさんあるかな、と思ったまでです。

レスビアン、レズビアン、どちらも使うようだけど、私はなぜかレスビアンと言っています。短くいう時はレズ、と濁るようですね。

気になる場面などで、色々ご自身の経験や思いへ、気持ちを巡らせてくださると良いなと、思っています。合評、感謝、感謝です。
 

反戦短歌(300)

 投稿者:秋 たける  投稿日:2018年12月13日(木)16時54分36秒
返信・引用 編集済
   原子雲の写真に思へ石畳に影を残して消え行きし人を            高橋 貞次
「昭和万葉集」十巻(昭和27~29年に詠まれた歌が収められている)から。

  私は1960年1月7日に現地を訪ねましたが、その人の影はまだ壁に焼き付いて
遺っていました。

 

師走(43)(44)(45)

 投稿者:秋 たける  投稿日:2018年12月13日(木)16時35分38秒
返信・引用
  先ほど鎌倉の獅子舞へ紅葉を観に行くと言って、ノロノロ歩きの私を追い越していった
女性ハイカーあと、誰も登って来ないし峠から下ってクル人もない。左手の四号線走る
トラックのエンジン音ガ聞こえてだけ。12月8日に写しました。
 

「秘密」について

 投稿者:浪速びと  投稿日:2018年12月13日(木)08時00分13秒
返信・引用
  わたしも最初に秘密とは、この二人の同性愛の関係だと思ったのですが、読み進むうちに、連れ合いの抱える秘密であり、それを詮索せずに、秘密を抱える連れ合いを理解し、受け入れる優しさだと思いました。「秘密は秘密のままでいい」と彼女は言っています。
歳を取ると言うことは、何でもかんでもあからさまにしなくても、一緒にいることで安らげるということで、長い年月を経れば、なんか秘密の一つや二つあっても当たり前で、それは大したことではないと言っているのではないかとも思うのです。
 

片えくぼ

 投稿者:沼南ボーイ  投稿日:2018年12月13日(木)04時35分36秒
返信・引用
  「冬のボーナス
ーーー虚偽記載じゃないってばーーー内の大黒柱。」
 

秘密

 投稿者:吟遊視人  投稿日:2018年12月12日(水)21時17分58秒
返信・引用
  レスビアンの関係を題材にした創作ですが、いわゆるレスビアン的な興味本意な感慨がでてこなくて、ごく自然な普通の人間関係の心の葛藤を描いた小説のように私には思えました。
今まで連載されていた「人と混人」に比べれば、確かに読みやすい創作です。それは私と同じように、初老にさしかかった人間特有な思いや孤独感、寂寥感などが、この物語そのものに感じるところからくるのでしょう。
それにこのような孤独感や寂寥感を感じる言葉や表現がなくても、この女性の心象風景はとてもよく描写されていると思います。

この「私」の心情の起伏や変転がこの物語の中心的な流れですが、いまいちわからないのは、タイトルには「秘密」とありますね。
では作者はなぜタイトルとして「秘密」としたのでしょう?
パートナーとの関係が「レスビアン」というのは世間から興味本意に見られそうだから、秘密にしておこうという主意からなのか、あるいは理由も明かさないで、突然出ていくといいだしたパートナーには、このような関係のある親しい私にでさえも言えない秘密があった、この秘密を強調するためなのか?いろいろと推察しています。

秘密に関係するかもしれませんが、このパートナーが出て行ってしまった理由とは何なのか、明らかにされていません。また読者もあえてその理由を問おうとはしないでしょう。それでもお互いに以前と同じような日常とレスビアンという関係が続くのでしょうか。
創作とは想像力の駆使で作られるのと同様に、読者もこの小説の表現や描写で様々な想像力を働かせることができます。
短い短編小説であっても、単調な筋書きであっても、読者の想像力を掻き立てるという意味では素敵な創作です。

ところでどうでもいいことですが、米国やブラジルではレスビアンではなくて、レズビアンと言っていたように覚えています。どちらが正しいのでしょうかね。
 

秘密

 投稿者:亮子 OTTIGNON  投稿日:2018年12月12日(水)20時38分29秒
返信・引用
  浪速びとさんの合評にもありましたが 道子さんとしては 今までのある意味での赤裸々の表現やどろどろした人間関係から放れた さっぱりした作品でした。それで 読む人はそれ程レスビアンと言うことにこだわらなくても 読めると思ったのですが どうやらある意味で日本人からはタブーとはいわなくても 一般人がレスビアン、又ゲイは敬遠されると言うか いわゆる こちらでいうCOMING OUT(自分達がそういう関係である)と言う表示をする人が少ないせいもあり、それ程一般生活の生活では会ったりすることが少ない成果も知れません。海外ではといっても 私自身、又娘達も 会社の友達を含め偏見が少ないので 数人のそういう知り合いがいますし、友達の息子がそうだったり。

今回は 秘密と言う題なのでそのせいもあり、かなりこの二人の背景や家族関係などが ぼかして書かれていますが 語られていない片方の秘密を生かすために これを書いている 片方の主人公の若き頃や その前の伴侶などを書くと それがうまく陰と陽のようになり レスビアン自体の関係が もっと浮き上がってくるのではと 思います。

そしてやはり初め読み出した時に 一体何歳ぐらい?と思い後に養老グループホームで知り合ったと書いてあるので、でも感じとしては初老の女性との感じを受けました。でも年とは関係なく、又それこそ その年になり人生を分かち合うことができる相手に合いそれを大切に思い そういう関係でも若いときと違い お互いに思いやることのできる年齢だと 思いました。
 

今朝の川柳」

 投稿者:沼南ボーイ  投稿日:2018年12月12日(水)16時17分7秒
返信・引用
  「高報酬ヤルヤル詐欺で」省自爆。」(9人辞任産業革新投資機構JIC)

 

『秘密』を読みながら・・・

 投稿者:旅人ーM  投稿日:2018年12月12日(水)16時07分46秒
返信・引用 編集済
  個人的に、読むこと、書くことで、長いスランプに陥った状態からでしょうか・・・
短い随想文と連れだっている日々・・・というところでの所感です。

読むことについては、もっぱら、
≪朝日新聞・天声人語・コラム文≫≪読売新聞・編集手帳・コラム文≫に目を通すだけで、
筆者の書いている活字を追いかけ、筆者は何をを語り、何を言おうとしているのかを探ることに苦心しています。
書く方については、
社会一般のことではなく、自分自身のことでの、≪主張・表現≫を探しながら苦心を続けています。

そんな精神状態の中での、創作小説にしても、語らんとするところがあるということでは、同じだと思って読み、活字を追いかけます。

この作品は、≪通常の人たちとは、少し異なった性格・行動の人の空想を想像して楽しんで下さい≫、という読み方をしていいのでしょうか・・・
 

今朝の川柳」

 投稿者:沼南ボーイ  投稿日:2018年12月12日(水)14時36分35秒
返信・引用
  「東京家族スエーデン英知集まりチョコレート買う。」(本庶さん1500枚買う)  

師走(40)(41(42)

 投稿者:秋 たける  投稿日:2018年12月12日(水)12時27分26秒
返信・引用
   12月4日の、仲間との両国界隈散歩から帰って4日目、この団地の近くの鎌倉市の獅子舞へ
紅葉狩りに行ってきました。立秋のぼんぼり祭見物とともに、ここ約20年来の私の年中行事
です。あと何年歩けるものやら。この団地の南の端の尾根道(鎌倉の六国峠へと続く)へと
登る石段を上がることから始まります。この尾根道を行くこと1キロメートルばかり、途中
行き会ったのは同じく紅葉の名所、獅子舞へ行くという女性ハイカー、ただ一人。「お先に」
と、言葉を残して彼女は尾根道に消えて行きました。この写真を撮ったところは行政的には
横浜市です。
 

反戦短歌(299)

 投稿者:秋 たける  投稿日:2018年12月12日(水)11時18分36秒
返信・引用
   この国が戦わなかった半世紀視座とし守りて憲法はあり    三島市  浅野和子
  2001年「朝日歌壇」選歌 近藤 芳美選
 

朝刊の川柳11月15日

 投稿者:沼南ボーイ  投稿日:2018年12月12日(水)05時52分49秒
返信・引用
  「改憲へまえのめりで墓穴ほり。---職場放棄と下村氏舌禍放言。」






 

「秘密」を読んで

 投稿者:浪速びと  投稿日:2018年12月11日(火)19時05分19秒
返信・引用
  多分これまでの道子氏の作品の中で私はこの作品が一番好きかも知れない。時々は「人と混人」を楽しむことはあるけれど、書き方はこの作品のほうがずっと好きだ。
どこがと聞かれると困るけど、初老の女の思いが伝わってくる。
いつから彼女たちがレスビアンを自覚したのか分らないが、人生最後の伴侶に性愛を越えて余生を共に生きる同志への優しい思いというのか。
もっとも老人ホームに入ったり、老人専用住宅に入居したりしているけれど、二人とも職を持っているようなので、そんなに高齢ではないらしいので初老なのだろう。

書き出しはミステリーのようで読み手を惹きつけるのは相変わらず巧み。でも私の気に入った箇所は次のところ。ちょっと長いけど抜粋。

「でもやっぱり「秘密」は秘密。誰にも明かさず、内なる心の中にそっと潜めておいたほうがよい。秘密を明かす事で、お互いをもっと理解しあえると思うのは、時には浅はか。包んでいた繭を引き裂き、中の蛹を出して見せても、蝶となって羽ばたく事はなく、醜い死骸になって、お互いの心の中に横たわり、居座ることもある。互いに分かち合えない、分かち合うことをしない秘密を、大事に思ってあげよう。この年まで生きると、知らないうちに何事もゆっくり、じっくり、となる。そしてそれが安全へのこつ。慌てて動くと、間違えたり、落としたり、そのために相手を咎めたり、傷つけたり、取り返しのつかない事をしてしまう。たとえ一時的であっても、関係が壊れてしまうと、修復に使う時間は残り少ない。心まで前ほど柔軟ではなくなっている」

こういう描写は、とても人を納得させる。
ずっとこの関係が壊れなかったとしても、いずれどちらかが逝きどちらかが遺される。所詮人間最後は独りと嘯いてみても、余生のいくらかの時を共に過ごしたいと思う伴侶(?)を得ることは幸運である。彼女は連れ合いが家を出ていた数か月そのことを思ったのではないかなぁ。連れ合いが戻ってきた時の二人の姿、彼女の述懐にそれを見る。
老年期にあって、同性愛者でなくても色々考える作品でした。

 

今朝の川柳」

 投稿者:沼南ボーイ  投稿日:2018年12月11日(火)13時30分4秒
返信・引用
  「新陳代謝日々怠らぬトランプ大統領。」(今度は首席補佐官ら。)  

師走(37)(38)(39)

 投稿者:秋 たける  投稿日:2018年12月11日(火)12時31分47秒
返信・引用 編集済
  両国の回向院の大イチョウは塩害も受けず、きれいに黄葉していました。12月4日、写す。
写真中は、大イチョウの樹下に立つ聖観世音菩薩立像。
 

今朝の川柳」

 投稿者:沼南ボーイ  投稿日:2018年12月11日(火)12時30分55秒
返信・引用
  「参院議長の口からまさかの『連れて行け」(持ち時間超過してのして演説の森裕子氏へ)  

反戦短歌(298)

 投稿者:秋 たける  投稿日:2018年12月11日(火)11時08分19秒
返信・引用
    改憲をできる個所からやると言う搦手(からめて)尽くしの9条廃案     京都市   君塚 大学
  2016年3月28日「朝日歌壇」選歌

  「2020年 新憲法施行の目標『気持ち変わらず』 首相、国会閉幕受け会見」
  安倍晋三首相は10日、臨時国会閉幕にあわせて記者会見し、昨年5月に打ち出した
  2020年の新憲法施行という目標について「今もその気持ちに変わりはない」と述べた。
    しかし、公言してきた今国会での自民党憲法改正案提示が来年以降に持ち越され、そ
  れに代わる新たな具体的日程は示されなかった。(以下略)
                      2018年12月11日付け朝日新聞第一面から
  れに


 

今朝の川柳」

 投稿者:沼南ボーイ  投稿日:2018年12月11日(火)05時39分52秒
返信・引用
  「法案の可決で与党のうす笑い」(改正入管法)  

師走(34)(35)(36)

 投稿者:秋 たける  投稿日:2018年12月10日(月)18時45分34秒
返信・引用 編集済
   もうすぐ赤穂浪士の討ち入りの日がやってきますが、先日四日、すみだ北斎美術館美術館
官学のあと、一足早く現場になったその吉良邸跡を訪ねてきました。大きな屋敷の跡の一部が
小公園風に設えられて残されています。
 写真上 吉良邸の入り口
 写真中 吉良上野介義央(よしひさ)を眺めるひと
 写真下 跡地に植えられた八重桜と今を盛りと咲く山茶花。
  
 

反戦短歌(297)

 投稿者:秋 たける  投稿日:2018年12月10日(月)18時10分27秒
返信・引用
    特攻を考えた人命じた人飛びたった人残された人        国立市   加藤 正文
  2018年9月9日「朝日歌壇」選歌 高野 公彦選

 特攻の実態について、次の書に詳しい。狂気の沙汰としか言いようがない。
 鴻上尚史著「不死身の特攻兵 軍神はなぜ上官に反抗したか」講談社現代新書 2451

 

今朝の川柳」

 投稿者:沼南ボーイ  投稿日:2018年12月 9日(日)16時59分9秒
返信・引用
  西暦派「平成最後」だけは好き。(弊誌も)  

片えくぼ

 投稿者:沼南ボーイ  投稿日:2018年12月 9日(日)16時21分49秒
返信・引用
  「高輪ゲートウエイ駅。」(出走する気分
            ----サラリマン)
 

今朝の川柳」

 投稿者:沼南ボーイ  投稿日:2018年12月 9日(日)13時51分1秒
返信・引用
  「多目的トイレのような護衛艦。」(多用途運用)  

師走(31)(32)(33)

 投稿者:秋 たける  投稿日:2018年12月 9日(日)11時48分16秒
返信・引用 編集済
   上野公園の紅葉を眺め両国駅へ。集合時間に Just in timeで間に合いました。 最初の訪問先が
2年前に開館したばかりの「すみだ北斎美術館」で、テーマが「大江戸グルメと北斎」でした。写真は
12月4日に写しました。

 写真上 館内の広告(撮影OKです)
 写真中 美術館の中から外部を撮りました。
 写真下 超近代的な建物の庭に桜。 
 

反戦短歌(298)

 投稿者:秋 たける  投稿日:2018年12月 9日(日)11時04分52秒
返信・引用 編集済
    戦わぬ者がつぎつぎ決めてゆく政治まさしく集団愚考     赤穂市   掘 百合子
  2015年6月14日「朝日歌壇」選歌 高野 公彦選

  職権開催、日程ありきで議論不在の「職場放棄」、一強独裁の驕りの極まりて、
  議会制民主主義破壊の集団愚「行」は、ほぼほぼ常態化、2018年 年の暮れ。
 

朝刊の川柳12月9日」

 投稿者:沼南ボーイ  投稿日:2018年12月 9日(日)05時36分3秒
返信・引用
  「室戸沖に潮吹くクジラも肝つぶし。」(米軍機墜落)  

朝刊の川柳12月8日

 投稿者:沼南ボーイ  投稿日:2018年12月 9日(日)04時28分5秒
返信・引用
  「永田町あおり運転放題。」(野党を蹴散らし)  

更なる合評お礼

 投稿者:熊本太郎  投稿日:2018年12月 8日(土)23時10分6秒
返信・引用
  0-cyannさん・吟遊さん・浪速びとさん 作品作りに悩む私に的確なアドバイスをいただき感謝します。 風景描写のような作品ばかりで、もう少し心惹かれる作品をと思うものの、なかなかうまい作品の構造が湧かないのが本音です。 結果的に締切間近かに七転八倒する事度々です。これまでいただいたご指導を何んとか今後の作品作りの糧にしたく頑張ります。  

熊本さんの合評に呼応して

 投稿者:浪速びと  投稿日:2018年12月 8日(土)18時52分39秒
返信・引用
  O-channの言葉に触発され、合評後の感想を少し。
吟遊さんは、熊本さんの「~であった」の多用に違和感を覚え、「~だった」の方が良いのではないかと言われていますが、私は気にならないというか、この作品にはこの書き方が適しているのではないかなぁと感じました。歴史の事実を振り返り、重々しく(?)語るときに効果的なような気がします。ちっと紙芝居めいているかも知れませんが。

熊本さんの合評お礼の言葉、為政者への批判、面白いと思いました。最近熊本さんは、今回のブログや前回の誠意の前書きに繋がるように、退職し、地元と深く関わるようになって、世の歪み、政治の問題を強く意識されるようになったのではないかと思います。
フランスではしょっちゅうデモがあり、政治への関心は強いらしいけど、日本では?

私もいっぱい言いたいことあるもん・・・。大阪万博かてカジノと抱き合わせで、ア○ポ○タ○知事(なんだか吟遊さんに似てきた)が誘致成功後に風呂敷を広げすぎたと漏らしている。
どうなるのかしらねぇ。あれっと思う人が旗振りしたりするものね。

 

今朝の川柳」

 投稿者:沼南ボーイ  投稿日:2018年12月 8日(土)17時06分15秒
返信・引用
  「沖縄に寄り添わないで寄り倒し。」(張り手も連発)  

師走(28)(29)(30)

 投稿者:秋 たける  投稿日:2018年12月 8日(土)16時56分11秒
返信・引用 編集済
   今日もう一日、上野の森のイチョウ黄葉をお楽しみください。12月4日に写しました。
 写真中 銀杏の黄葉と台風で開花の時期を間違えさせられた桜の花が、同じ一つの
     枠のなかに収まりました。
 写真下 西郷さんの銅像の後ろの銀杏黄葉
 
 

田村の写真とコメントをブログに

 投稿者:o-chan  投稿日:2018年12月 8日(土)11時08分19秒
返信・引用 編集済
  今日から13日木曜まで、私の合評です。今回は連続物の続きが書けず、何か書かなくちゃと悩んでいた時に、ふと自分の過去を振り返り、誰にも言えない、言わない秘密があるのではないか、と自分の心を探してみたことから、書き始めました。

ブログにはちゃんと自分の写真を、とたまたま帰ってきていた娘に撮ってもらったけど、余りと言えばくたびれ果てた顔だったので、娘の飼い猫に代わってもらいました。猫好きな方は楽しんでみて下さい。
 

反戦短歌(295)

 投稿者:秋 たける  投稿日:2018年12月 8日(土)10時41分46秒
返信・引用
    十二月八日開戦知る校庭 父奪はるる戦とも知らず        大阪市   下川 佳子
   2018年1月22日 「毎日歌壇」選歌

   77年前の今日、日本軍がハワイの真珠湾に奇襲をかけ、太平洋戦争(第二次世界大戦)が
始まった。多くの国民が歓喜に沸くなか、のちの東大総長 南原繁には沈痛感しかなく、次の
歌を詠んでいる。5月30日 反戦短歌(104)で引用掲載ずみ。

 人間の常識を超え学識を超えておこれり日本世界と戦ふ    南原 繁


 

吟遊さんの合評について

 投稿者:o-chan  投稿日:2018年12月 8日(土)10時21分23秒
返信・引用
  浪速人さんが、合評についてあれこれ感想や意見が出ると面白いよね、と言ってたことを思い出して、吟遊さんの合評の中の「~のであった」と「~だった」の使い分けについての私の感想を書いてみますね。

この二つは上手く使い分ければ、とても効果的な表現になります。 熊本さんはうまく使い分けられていらっしゃると私は思ったけど、繰り返し同じ終わり方が続かない工夫もあると良いでしょうね。

「~のであった」はこの作品のように、情景描写や歴史的事実を述べる場合には、向いています。「例えば涙の対面をするのであった」を「するのだった」や「~した」と変えるとなんとなく気持ちが端折られた感じで、落ち着きません。逆に「妻と子供や父親・母親が いないかと必死になって探すのであった」は「必死になって探していた」の方が臨場感が出て良いのではないかと、私は思います。 ゆっくりと時間をかけて情景や思いを味わって欲しい箇所は、「~であった」を使い、臨場感や、時間の流れを動かしたい時は「~した」「~だった」が良いかもしれません。

以前は「~だった」「~だ」は話し言葉、口語的表現とみなされていて、20歳代の私の最初の翻訳は短いエッセイでしたが、気軽にこういう終わり方をした文章を、編集委員に全部「~である」調に直されました。今はどうなんでしょうね。



 

熊本さんの合評

 投稿者:o-chan  投稿日:2018年12月 8日(土)09時36分15秒
返信・引用
  合評の前に、まず、57号は私個人の様々な事情で、集中力に欠け、丁寧な作業を怠ったため、熊本さんの作品も行がおかしかったり、印刷が薄すぎたり、で読みにくくなったことをお詫びします。

「惨状」という副題があるように、今回は津波の被害が秋晴れの良い天気と裏腹に、無残な姿を晒している様子が丁寧に、克明に描かれています。数少ない生き残った人たちが堤防の高みから被害者を必死に探す様子も、熊本市や近隣の村からの消防団員たちが泥水から引き上げた人たちを洗い清める様子など、細かいことまで詳しく書かれていて、凄いなあと感心しています。

まず、このように被害者の家族、近隣の所管の仕事ぶりが描かれた後、2人の登場人物が自分の家族を探すのに船を調達し、川を下りながら自分の家が跡形もないのを見、従兄弟の子供の亡骸を見つけ、通報し、さらに家族の安否を気遣うところで今回は終わっています。一般から個へという展開も、とても自然で効果的です。

何より、まるでそこに居合わせたような臨場感、人との関わり、人情、事物の詳細な描写、で図書館での調べ物を土台に、心豊かな創作に作り上げられています。ご自身の災害体験がどのくらい参考になったか、と思ったりしました。
浪速人さんの合評に対するお礼の中に、残された資料がどれもとても正直で、改ざんされた形跡ひとつない、とありました。おっしゃる様に、今の政治家や官僚達は正直という言葉すら理解していないのではないでしょうか。

いよいよ家族との再会になるのか、家や田畑を失った一家はその後どうやって生きていったのか。次号以下は現在の災害復興にも繋がる話に入っていくのでしょうか。
 

朝刊の川柳12月7日

 投稿者:沼南ボーイ  投稿日:2018年12月 8日(土)04時15分0秒
返信・引用
  「討ち入りをしたきところ多き師走かな。」(平成最後の年の暮れ。)  

朝刊の川柳12月7日

 投稿者:沼南ボーイ  投稿日:2018年12月 8日(土)02時58分1秒
返信・引用
  「凄いなでも怖いな監視網。」(クレジーハローウイン4人逮捕)  

「大潮害 惨状」を読んで

 投稿者:吟遊視人  投稿日:2018年12月 7日(金)22時02分9秒
返信・引用
  新しく買い換えたNECのパソコンがシャットアウトした後、何もしないのに、再度開いてしまうという変なトラブルが発生して、現在サービスセンターで診てもらっています。
熊本さんの合評の期間は確か今日までと記憶していましたので、今女房のパソコンを借りてやっているところです。

それではその肝心の合評を。

昭和2年の秋に有明沿岸を襲った高潮の被害は熊本の漁村に大きな爪痕を残し、400名以上の犠牲者を出したと言われています。今回はこの大惨状の後、そこに住む人々の表情や言動、その情景を追うかたちでストリーが展開していきます。
いつもながら作者の情景描写にはリアルさと臨場感があり、ドキュメンタリー映画のように読者の眼をスクリ~ンへ釘づけにしてくれます。

私は史実を題材にしたこの小説がどれくらいのフィックション的要素があるのか、少々興味がわいてきたので、インターネットで昭和2年に発生した有明海の熊本沿岸の被害について調べてみました。

以下はその一部の記述です。
9月13日、有明海沿岸は再び大潮害に見舞われ、大正3年、大正8年と相次いだ潮害の復旧工事中の新地は再び泥の海と化しました。
この「昭和2年潮害」も「大正3年潮害」と同様に、台風が有明海を通過する経路をとったこと、大潮時期の満潮時と重なったことなどによって被害を大きくしました。この時の台風接近時における三池港の最高潮位は、7.3mと記録されています。
   潮受け堤防の被害は有明海沿岸の中でも玉名郡が最も大きく、潮受堤防の決壊箇所は飽託郡8カ所、宇土郡3カ所であったのに対して、玉名郡は39ヵ所(うち横島村8ヶ所)も決壊しました。決壊した潮受け堤防の延長は玉名郡内の潮受け堤防総延長13,543間(約22.4km))のうち、34%%にあたる4,612間(約8.3km)にも及びました。
   最も大きな被害を受けたのが横島村で、大豊、明豊、明丑、大開、十番開の堤防などが8ヶ所、1,983間(約3.6km)にわたって決壊しました。
他に各市町村ごとの家屋の倒壊や人々の被害状況などが記されていますが、7年前に東北沿岸を襲ったあの大惨状に匹敵するぐらいの大災害であったと言えるようです。

このような史実としての大災害の模様を描くのは、筆力や想像力も必須だと思いますが、私が本当に凄いと思うのは作者のこのような史実を題材にした物語を描こうとするスタンスや意欲、創作力です。資料を読み込むことや、長老への聞き取りなど単に文章を書くことの数倍は労力を必要とすることでしょう。

ただ文章の表現については、少しだけ違和感を持った個所もありました。指摘するほどのことではないかもしれませんが、例えば最初の一ページだけでも

揺れる筈であった → 揺れる筈だった
流れ出るのみであった → 流れ出るのみだった
見ていたのであった → 見ていた
死者の顔を洗うのであった → 死者の顔を洗っていた
泣くものもいたのであった → 泣くものもいた
涙の対面をするのであった → 涙の対面をした

2ぺージ目からも最後はこの「あ」が度々使われています。
この「あ」をよく使うのは何らかの意図があってのことかなとも思えますが、私の個人的な感じでは右に書いたようにシンプルな言い方がいいような気がします。
この「あった」と「あ」を度々使うことは枝葉末節なことかもしれません。がちょっと気になったことですので、書いてみました。

 

今朝の川柳」

 投稿者:沼南ボーイ  投稿日:2018年12月 7日(金)17時34分35秒
返信・引用
  減ったかも未来に禍根を残すこと。」(トルコへの原発輸出頓挫)  

大潮害合評御礼

 投稿者:熊本太郎  投稿日:2018年12月 7日(金)11時49分36秒
返信・引用
  浪速人さん惨状を読んで頂きありがとうございました。この災害は約90年も前の事。私の知る限り5~6年前に榎に逃れたお母さんの背にいた人が亡くなっておられます。当然当時の県の知事も含め県の職員や町役場・学校の先生方も亡くなっておられます。 この災害を記録編纂した県の冊子が出たのが昭和8年でした。調べたり読んだりする中には一つも墨で黒くしたような報告はなされていませんでした。昭和初期の県や国の公務員をはじめ人々はみんな仕事に取り組む姿が純粋であったことが、現在の霞が関で仕事をしている政治家や官僚と比べれば人々との心の広さ、民を思う心の差異は昔の人がいかに高かったを知ることが出来ますね。  

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